こんにちは!TECH Street編集部です。
前回、TECH Streetメンバーが気になるヒト、ラクスル泉雄介氏にインタビューをしましたが、今回は連載企画「ストリートインタビュー」の第8弾をお届けします。
※本取材はリモートで実施しました。
「ストリートインタビュー」とは
TECH Streetメンバーが“今、気になるヒト”をリレー形式でつなぐインタビュー企画です。
企画ルール:
・インタビュー対象は必ず次のインタビュー対象を指定していただきます。
・指定するインタビュー対象は以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている方です。
▼第7弾はこちら
“今気になるヒト”泉氏からのバトンを受け取ったのは、freeeCTO横路隆氏。
横路隆 Ryu Yokoji / freee株式会社 CTO
Ruby City 松江育ち。慶應義塾大学大学院修了。学生時代よりビジネス向けシステム開発に携わる。ソニー株式会社を経て、freee株式会社を共同創業。
※2020年7月20日取材時点の情報です
――ご紹介者いただいた泉さんから「最もリスペクトするCTOの中の1人」とうかがっていますが、ご自身ではどのように捉えられていますか。
横路氏:BtoB領域のプロダクトで勝負していく会社がいくつかある中、僕たちfreeeはSaaSのビジネスモデルとして、マーケットに打ってでています。
SaaS領域のプロダクトで勝つために深く考え、“技術はどうあるべきか?”ということを泉さんとよく議論しています。そういった姿勢を泉さんに買っていただいているのかもしれませんね。
泉さんもSaaSに近いビジネスをやられていたので、私と近しい課題感があり、そこに対して意見がぶつけられるので、とてもありがたい存在です。
――freeeを創業するまでのキャリアについてお話をいただけますでしょうか。
横路氏:実家が洋菓子店で、幼い頃から昔ながらの“非効率なビジネス”を身近に見てきました。
やがて情報系の大学に進学することになるのですが、その洋菓子店で使う販売管理システムを自分で作ったということが、原体験としてあります。
きっかけは、学生時代に研究室の先輩がインターンで働いていた、ビジネス向けのツールを作る小さな企業に紹介されて顔を出したこと。
その会社は、地価の安い地方で不動産担保による融資が難しい事業者に対して、たとえば畜産が有名な地方では、牛を担保にお金を借りる動産担保融資をサポートするツールを数名で製作。スモールビジネスを支えるツールというのは世の中に対してインパクトがあるし、自分にも作れるような気がしました。
ちなみに、私は新卒でSonyに入社。何年で辞めるかは決めてはいませんでしたが、将来的には、“どこかでスモールビジネスに携わりたい”という思いがあったので、そこでずっと勤め続ける気持ちは無かったのかもしれませんね。
2012年に、弊社の代表である佐々木と出会いました。佐々木の実家が美容院で、同じようにスモールビジネスにおける課題を感じていました。佐々木は前職がGoogleでしたが、その前にスタートアップでCFOを経験。中小企業を運営する側としても課題を感じていたようで、すぐに意気投合をして、一緒に会社をやろうという流れに。2年3ヵ月勤めていたSonyを辞めて、退職後、一緒にfreeeを立ち上げました。
――Sonyという魅力的な大企業を辞めるほど気持ちが大きく動いたということですね。
横路氏:そうですね。4月に佐々木に初めて会ったとき、佐々木はプログラマーではないのでプロダクトのためのコードを書けませんでした。
そこで「来月にまた会うときまでにコードを書けるようになる」と言って別れて、実際に5月に会って一緒に作ったときは、コードが書けるようになっていました。そこで佐々木の本気度と実行力を感じて、“この人は信じられる”と思いました。
また、若さもありましたね。捨てるものも何もなく身軽だったので飛び込めました。確かに、ソニーの仕事も面白かったのですが、時間軸が長かったので、自分自身も関わる事業も、もう少し短い時間で大きく成長できるような、そんな機会が欲しいと考えていました。
――“短い時間で大きく成長できる事業に携わりたい”というお言葉は、もはや当時から経営者としての視点をお持ちだったということですね。
横路氏:どちらかというと個人的な好奇心ですね。生きている間に、数多くの面白い世界を見たいので、そのために最短で到達したいという感覚です。そこで佐々木に出会い、彼とだったら面白いことができるかもしれないと考えたのです。
とはいえ、社会人になって2年とちょっと。世の中の仕組みも分かっているわけではありませんでした。ただ“コードを書いてプロダクトを作り、事業に貢献しよう”という気持ちが強かったですね。
――当時から、現在のfreeeの原案というか、プロダクトの青写真は描かれていたのでしょうか。
横路氏:最初のプロダクトとして、経理の自動仕訳システムを作りたいというアイデアは佐々木が描いていました。
freeeを立ち上げる前、原型の原型というか、請求書をフォームに入力するとPDFで請求書が出力されて、さらに裏では経理の仕訳も一緒につけられるという仕組みは、私や佐々木が2日間で作りましたね。
佐々木から、そのアイデアを聞いたときに、自分も元々、“スモールビジネスは非効率で困っている”という印象が、それこそ10年ほど前からあったので、その確信が深まりました。佐々木は実家だけではなく、自分でもビジネスをやっていたので、“なるほど、この10年間であまり進まなかったのか。それならばチャンスがあるかもしれない”とも思いましたね。
――では、freeeの中で横路さんが担っているCTOの役割とはどのようなものでしょうか。
横路氏:Googleなどの企業を皆さんは「テックカンパニー」と呼んでいますが、テックカンパニーには種類があると思います。
Googleのようないわゆるエンジニアリングで勝つ会社もあるし、Amazonのようにプロダクトで勝つ会社、あるいはセールスフォースのように営業やマーケティングで勝つ会社などさまざまです。その中でfreeeはプロダクトで勝つ会社だと思っています。
技術が役に立つステップは3つあると思っていて、最初のステップは「プロダクトマーケットフィット」。
僕たちが目指す世界観と、お客さんが欲しいと思う世界観のすり合わせが重要です。ここに対しての科学的なアプローチが、経験値としてスタートアップ界隈でだいぶナレッジが溜まってきたので、それを愚直にやりきるということです。
小さく作ってはお客さんが使っているところを観察して、軌道修正をしていきます。いわゆるリーンスタートアップの考え方です。ここをしっかりとやり切るということが第一ステップで、ここに最初の2、3年をかけました。
2つめのステップは、「ユニットエコノミクス」です。
どのようにして非連続的にサービスを成長させていくかということに対して、お客様が僕たちのプロダクトをどのように使ってくれていて、僕たちがどのようなアクションをしたら、もっと使ってくれるのか、ということをデータでトラッキングするようにしました。データドリブンなプロダクト作りであったり、ビジネスオペレーションの構築を徹底してやるということです。
僕たちのプロダクトは全てオンラインなので、お客様が僕たちのプロダクトを知ってくれたときから、実際に検討して、お金を払って使い始めてくれて、そして使い続けてくれるという全てのプロセスを、トラッキングすることが必要だし、それが可能です。
僕たちのアプローチをデータ分析すると、どのようなお客さんにどのようなタイミングでアプローチをすれば良いかが分かります。
――この一連の流れを、CTOが責任を持って発案し実行するということでしょうか。
横路氏:そうですね。しかし発案は僕だけではありません。Googleではもともとデータドリブンなセールス活動が行われていて、そういったものを“自分の会社でもできないか?”、という佐々木のアイデアもあります。
例えば、SaaSは今でこそ流行ですが、当時からSaaSという言葉は流行り始めていて、SaaSのベストプラクティスを共有し合う祭典がサンフランシスコで開催されていたので、佐々木や事業責任者らを中心に自ら参加をし、しっかりとプラクティスを持ち帰り社内で実践しています。
freeeはプロダクトを作る事業会社として、世界基準でノウハウをやり切るというカルチャーがあります。
CTOは、いわばビジネスとプロダクトのイネーブラーだと思っています。僕たちのミッションは、プロダクトで世の中を変えることなので、あくまでプロダクトありきです。
僕たちの提供したい世界観を提供することでお金がもらえる、というビジネス戦略に対し、技術でテコが効くところに対して責任を持ちます。それがCTOの役割ですし、先ほどの話のステップ2においては、データドリブンなプロダクトとビジネスづくりのサポートに当たります。
ステップ3では、エンジニアの数が100人ほどになると、人を増やしてもプロダクトを作る速度や品質は上がらなくなってきます。
そこに対しても世の中にはプラクティスがあり、そのプラクティスをやり切ることで、より多くのプロダクトを迅速に出すことができます。ここを徹底してやることが、ちょうど今のフェーズです。
――その先のフェーズとなると、CTOの役割はさらに付加されるのでしょうか。
横路氏:直近で見えている範囲は3ステップまでですが、次の段階では、R&Dの活用が必要となります。
時価総額が1兆円を見据えてくると、マーケットにある技術だけでは自分たちの成長を思うように描けなくなると考えています。
一方で投資が可能となるので、マーケットにあるプラクティスをベストプラクティスとして組み合わせるだけでなく、どういう価値を生み出せるかを長期視点で考えるようになる、それがステップ4ですね。
積極的なR&Dで、世の中にない技術を使ってプロダクトとビジネスをさらに伸ばしていく。そのステップに入る目安としては、数年以内にいけるといいなと考えています。
CTOに必要な力は、経営陣の中に入っていき、ビジネスの大事な部分に技術のテコを効かせることだと思います。
さらに今の時代では、良いエンジニアを会社に連れてくる、採用できる力も必要不可欠です。今でこそBtoBのスタートアップは競争力のある業界になりましたが、2012年の頃はまだ地味な存在でした。
その中で、どういったチャレンジがあり、なぜここで働く必要があるのかを、求職者にワクワク感を持って伝えられるということは、CTOにとって、もっとも大事なコアパワーだと思います。絵に描いた餅があっても、エンジニアがいなければ達成できません。freeeは、初期から優秀なエンジニアを集められていて、僕は逆に彼らに鍛えられて成長できたのだと思っています。
会社全体として、失敗から学ぶことを許容するし奨励をしています。それはとても重要なことだと思っていて、僕もマネジメントではたくさん失敗していますが、会社が任せてくれているので、ここまで成長できました。
創業者とはいえ、会社の成長についていけなければ不要となってしまうので、その中で常にストレッチングなチャレンジを任せてもらっています。
失敗をしてもそこから学び、いろいろなチャレンジをしてきたということは大きいですね。会社の文化を作る一員でもありつつ、文化は後から入ったメンバーと一緒になって作るものなので、そういった文化にも助けられています。創業メンバーなので自分たちで文化を作っていかなければという意識もありますが、とはいえ、入ってきた人たちが作る文化の中にも溶け込んでいくという、両方の目線が必要だと思います。裸の王様になってはいけません。
――CTOの役割としては、たとえば会社のビジョンをエンジニアに対して翻訳して伝える役割などもありますよね。
横路氏:そうですね。ビジョンを伝える際に大切にしていることは、私自身、技術が好きなので、“技術でどのように世界が変わっていくか?”について、自分の言葉で伝えるようにしています。
プロダクトを作る会社では顕著ですが、エンジニアの中には、「技術はプロダクトを作るための手段である」と言い切る人がいます。
しかしそれだけでは上手くいかないと思っていて、良い技術者というのは職人に近く、ビジネスができる時間軸とまったく違います。
良いビジネスができる時間軸というのは、だいたい2、3年ですが、良いエンジニアが育つサイクルは5年10年かかります。なのでプロダクトのためだけの技術ではなく、技術そのものを尊ぶ目線がないと、良いエンジニアはなかなか集まりません。
そういった視点を持ち込むのは自分の仕事だと思っています。私だからこそ、エンジニアの価値を正しく理解して伝えられると自負しています。
――では、エンジニアは、どのようなキャリアプランを描き、どのように働いていけば良いとお考えでしょうか。
横路氏:実現したい世界があるならば、それに飛び込めばいいのですが、実現したい世界がない場合でも、チームで大きな成果を出すという経験やスキルは、これから重要になると思っています。
昨今よく言われているのが、人材の流動化は活発になるので、自分が尖った技術を身につけていればフリーランスとしてどこでも働けて、年収もどんどん上がっていくという世界があると思います。そういった働き方があってもいいと思いますが、僕自身はそうではなく、他の働き方を選ぶかもしれません。
例えばフリーランスとして、僕たちのチームに入って働いてもらうこともありますが、チームで成果を出せるような人でなければ、自分の領域を広げるような大きな仕事は任せられません。
今までやってきたことの延長やエキスパートとして任せることはできても、単発のプロジェクトではなくチームで動いて、「一度失敗したけれども次は上手くやろう」といった一連のプロセスを経験し、半年ではなく1、2、3年をかけて大きな成果を出すという力は、これからの時代、エンジニアとして必要なスキルになると思います。
freeeでは、「3年でCTOにする」と言っていますが、何かプロジェクトがあり、技術力やコミュニケーション能力、プロジェクトをまわす能力を含めて、全て任せてもらえるようなスキルを持った人を、新卒入社だと3年で育成すると掲げています。
とりあえず何になるかは今決めなくていいので、そこまでの力を付けておけば、プロダクトマネージャーなど全く別のビジネススキルを身につけてもいいし、チームで成果を出すという基礎体力はどこに行っても変わらないので、まずはそこを身につけようと言っています。
――チームで成果を出せる人というのは、どのような条件が備わっている人でしょうか。
横路氏:どこに向かっているのか、チームの目標をシャープに理解していて、そこに対して強いコミットメントがあります。そして必要であればチームを巻き込んだり、巻き込まれたりすることができる人ですね。
――横路さんも柔軟性がある人だと感じましたが、実は“巻き込まれる”というのは難しいことではないでしょうか。
横路氏:難しいですね。巻き込まれるというのは、つまり人の仕事の成果に自分が貢献するということだと思います。
それは一般的にあまり評価されることではないですし、敢えて世話を焼くという印象も強いです。しかし何故それが自然に出来るかというと、やはり、その先の世界を見たいからです。その視点をどこに置くが重要です。
私は最初から、freeeが作ろうとしている世界観に共鳴していて、一緒にやりたいと思っていました。
その世界観を達成するために会社が変化していくなかで、自分が必要な立場や役割も同じように変化していることを理解し、その役割を巻き込まれるような形でやっているからこそ、会社と一緒に成長できると思っています。
もちろん、そこに到達するための目標点は自分で設定しています。一番の究極なビジョンというのは、発起人である社長に巻き込まれたということがあると思いますね。
様々な「巻き込まれる」があると思っていて、たくさんお金をもらえればプロとして仕事をするという人もいるし、そこに優劣はないと思います。しかし自分がどのような条件であれば「巻き込まれ力」を発揮できるか、ということは意識するといいですね。
自分が何をやりたいか、ということももちろんあります。
――今の時代に求められるIT・テクノロジー人材って、どういったイメージをお持ちですか。
横路氏:「これがやりたい」「これが出来る」とグイグイ来る人も、そうではない人も、両方がいていいと思います。
僕たちが目指しているのは、「自分がやる」と言ったときにハードルが低くなっていて、パッションやアイデアさえあればさっと起業して、大きなことができる世界ですね。しかし今のところはそこまで簡単ではないので、まずは巻き込まれて、チームで何かを達成するという経験を重ねておくことが重要だと思います。
今後10年後、20年後に、freeeのおかげで、アイデアやパッションさえあれば誰でも起業して、10億でも20億でも大きなビジネスが出来るようになったとしても、人の巻き込み方を知らなければ大きなことが出来ません。自分が巻き込まれた経験がなければ、人を巻き込むこともできませんからね。
――エンジニアに対して、withコロナを含めたこれからの時代を生き抜くためのアドバイスをいただけますか。
横路氏:リモートワークにおける影響を測定しましたが、エンジニアがコードを書く生産性は下がらないことが分かりました。
最近は面接から入社までフルリモートで行なっている、いわゆるオンラインネイティブの人が入社し始めましたが、やはりチームで成果を出すためには最初のキャッチアップが必要です。
しかし、信頼貯金が無いなかでは人には頼りづらいし、いかに安心してキャッチアップできるかというのはとても重要だと感じました。
なので、withコロナ時代は、そういったことに気づいていない企業に転職しようとすると、キャッチアップのハードルが高すぎて、成果が出るまで時間がかかったり、成果にたどり着けない可能性が出てくると思います。
でも、その企業の見極めは大変難しいですね。「人と会う価値をどのように考えているのか」「チームで働くときに、ここだけは対面で会って話した方が良いというポイントをどのように設定しているのか」という2点を面接の際に質問すると、分かりやすいかもしれませんね。人やチームに対する考え方を確認しておくといいと思います。
――最後に、次回の取材対象者をご指定ください。
横路氏:DMM.comのCTO松本さんに繋ぎます。
非常に若くて優秀ですし、エネルギーがすごい方です。もともと頭も良く、パッションの方で、電脳の空間のようなSFの世界に憧れを抱いており、技術の可能性を信じてしっかりとコミットしています。
さらに実際のビジネスを回す泥臭さも理解しようとしているし、データドリブンなところに対する想いも強い方で、アウトプット量もすごく多いですね。同年代、といっても彼は30歳くらいで僕は35歳とおじさんですが(笑)、その中でも松本さんは、ずば抜けてエネルギーとパッションにあふれる方なのでバトンを渡したいと思います。
以上が第8回のストリートインタビューです。横路さん、ご協力いただきありがとうございました!
次回は、合同会社DMM.com CTO松本氏にバトンタッチ。今後のストリートインタビューもお楽しみに。
▼過去の連載はこちら
https://www.tech-street.jp/street-interview
(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:古宮こうき / 編集:TECH Street編集部)