【連載7】“正しい方向に技術の投資をする”、ラクスルCTO泉氏が語るサービスづくりの基本とは

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こんにちは!TECH Street編集部です。
前回、TECH Streetメンバーが気になるヒト、メルペイ木村秀夫氏にインタビューをしましたが、今回は連載企画「ストリートインタビュー」の第7弾をお届けします。

「ストリートインタビュー」とは

TECH Streetメンバーが“今、気になるヒト”をリレー形式でつなぐインタビュー企画です。
企画ルール:

・インタビュー対象は必ず次のインタビュー対象を指定していただきます。
・指定するインタビュー対象は以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている方です。

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▼第6弾はこちら

www.tech-street.jp

“今気になるヒト”木村氏からのバトンを受け取ったのは、ラクスル株式会社CTO泉雄介氏。

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泉雄介 Yusuke Izumi / ラクスル株式会社 取締役CTO

ニューイングランド音楽院作曲科卒業。独学でシステム開発を学び、起業も経て2005年にモルガン・スタンレー証券会社に入社。2012年には株式会社ディー・エヌ・エーへ入社、2015年にラクスル株式会社にシステム部長として参画する。2017年10月に同社取締役CTO就任。
※2020年6月18日取材時点の情報です

 

――ご紹介をいただいた木村様から『ロジカルシンキングだけにだけにとどまらず、ロジカルにコミュニケーションをして伝えることができる能力を持っていらっしゃる方。バイリンガルということもあり、今後グローバル化、ダイバーシティが求められていく中で求められていく人材』とお聞きしました。 

泉氏:照れくさいくらいに褒めすぎですが(笑)小学校のときに渡米し、大学は米マサチューセッツ州ボストン市にあるニューイングランド音楽院作曲科を卒業しています。そこでクラシック音楽を学んでいました。

キャリアのスタートは作曲家として、制作会社に就職しコマーシャル音楽をつくったり、企業のプロモーションビデオにつける曲をつくったり、1~2分程度の楽曲を年間何百本も作るということを生業にしていました。

やがて映像制作に興味を持ち始め、Adobe系の動画編集ツールを使って、自分で作品を作って納品したり、クライアントワークとして請け負って制作したりしていました。

図形などを組み合わせる動画を作り始めたことをきっかけに、WEBの技術が面白くなって、PHPから始まり、データベースやJavaをやってJavaスクリプトという段階を踏みながらどんどんシステム開発にのめりこんでいきましたね。

 

――音楽からテクノロジーへスムーズに移行されていったのが大変、興味深いですね。

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泉氏:ものづくりの表現が豊かな方へ向かっていったのかと思っていまして、音声を扱うだけというところから、音声と映像を組み合わせることで、表現力があがり、その媒体がWEBに代わってリーチが広がったという感じです。

表現の行先の幅が広がっていく流れを追っていったら、インターネットが一番拡散できるよねというところに到達したんですね。

その制作会社に勤めながら映像制作を手掛け、最終的にはシステム部に所属。

正式なコンピューターサイエンスの教育は受けたことはなかったのですが、独学で始めたプログラミングが、すごく楽しく感じたのです。

同時に“これは、お金になるな”と思って、会社を設立して独立したのですが、2年やっていても自分の領域以上に広がらないし、1人で作っている以上スケールしない。

受託開発をしているうちは難しいと思いはじめたときに、ちょうど外資系金融に勤める知り合いから「グローバル企業で一緒に働かないか」と声をかけられ、有名な企業だし、英語も使えるし、興味本位で面接にいったら内定を頂き、入社…という感じですね。

 

――モルガン・スタンレー証券ではどのようなことを担当されていたのでしょうか。

泉氏:最初はインフラの部署に在籍。そこでセキュリティに関するプロジェクトに携わりました。

「せっかく金融の会社にいるからには、ビジネスに直結するシステムを扱いたい」という気持ちが強くなり債券部のITに異動したのですが、それがサブプライムローン実行のチームだったんですよ。

サブプライムローンの債権に必要なシステムを作るというチームに配属されて、1年半~2年ぐらいどっぷり。

それが、サブプライムショックによって多い時にITも10人から2人に縮小。2日間にわたって肩たたきが行われる現場を目の当たりにし、次は自分かなと思っていたら首の皮一枚繋がり、結局債券に関わるシステムの開発に携わらせていただき、トータルで6年半ぐらい在籍しましたね。金融って本当に面白くて…。

 

――その面白さって、どのようなものでしょうか。

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泉氏:お金の仕組みが好きなんですよね。証券会社ってお金の最たる現場なので、それに関わるシステムって最先端な世界ですし、ぞくぞくしましたね。

 

――プログラミング教育を受けてないのに、金融の心臓ともいえるシステムをいじれるようになるのって、正直、驚異的だなと…。

泉氏:のめりこむとストイックにのめりこむところはあるのかもしれないですね。

金融にしてもすごく奥が深いし、グローバルの債券の取り扱いって色々な通貨を扱うし、多様な金融商品を扱うし、仕組債になると、本当に色んな為替のデリバティブにスワップをかけて、みたいな複雑な商品になる。そういうものに携われることにわくわくするみたいな。

もちろん、金融商品の仕組みにのめりこむだけでなく、そこにテクノロジーをあてこむ必要があるのですが、その能力が培われたのは、恐らく土台というか、環境が良かったのかなと思います。

60歳近いシニアの方と話した時に、「私はこの道で35年ぐらいやっているけれど、金融のITがとにかく面白い」というのですね。

その理由は、「金が一番動いているんだ。金融のITへの投資額はどの領域よりもケタ外れに大きい。最先端のテクノロジーを扱えるしスケールもある。だから私は35年もやっているんだ」ということを聞いたときに“なるほど”と思いました。

コンピューターなしに銀行のシステム業務自体がありえないし、そもそも組み合わせがいいところに入ったということですね。

金融はめちゃくちゃ面白かったので、私も10年~20年ぐらいずっとここでも良いくらい思っていたのですが、その後DeNAに勤める知り合いから声をかけていただき、転職をしました。

当時、DeNAは伸び盛りというか、勢いに乗っていて、当時、日本のITベンチャーで一番キャッシュを持っていたんですね。事業も多角化するタイミングで、こういう会社で仕事をしてみるのも面白いなと思いました。プラットフォーム事業の一部門のリーダーとしてオファーを頂き、その事業の一角を担うということで入りました。

 

――DeNA時代を振り返ってみるといかがでしたか?

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泉氏:モバゲーというプラットフォームに、色々なゲームタイトルが入ってくることを支える基盤を作る事業だったので、非常に面白かったですね。

要件をまとめたり、プロジェクトマネジメント的なこともやったりして、あまりハンズオンでコーディングするみたいなことはなくなっていきました。メンバーの方が優秀でしたし、そこではじめて、マネジメントを経験しました。

手を動かす楽しみがある一方で、マネジメントの仕事も良いなと思いました。

エンジニアのキャリアの中での一つの分岐点ですが、マネジメントする立場になって、ハンズオンでコーディングしなくなってつまらないと感じる人と、みんなで作るのを手助けするのが面白いと感じる人がいると思いますが、私はたまたま後者も好きでした。

 

――チーム形成、運用の際に心がけていた思想みたいなものってございますか。

泉氏:自分がエンジニアだった時に、“これがないと困るな”ということをやったという感じですね。

あとは必然的に“これをやらないとだめなんだろうな”ということを感覚的に実行していました。

“体系的なマネジメントとは?”みたいなセオリーもあるのかもしれませんが、DeNAは、“自分で考えて進める”ことを推奨する社風だったので、人に指図されるのではなく、自分から動くことが自然に求められていました。

それはマネージャークラスだけでなく、エンジニア一人ひとりが自走することを求められていたし、みんなモチベーション高いし、僕らもメンバーを信じて任せるほうが良いと感じました。

その後、新規事業の開発を任されました。遺伝子サービスという当初はまだ珍しい新サービスで、プロダクトやサービスについて色々と考えたり、デザイナーも必要だったので、デザイン会社を見つけて、プロポーザル、RFPをやったり、プロダクトマネジメントという文脈で“何から作るか?”のプロダクトマネジメント的なことも行いました。

また海外の色々なベンチマークを参考にしたりそれに必要になる設計であったり、分散開発をするためのチームビルディングも手掛けました。サービス設計、システム設計、チーム設計、他部署や外部連携など様々な役割をこなす必要がありました。

 

――新規サービスとなると、当然、参考になるアーキテクチャーがないわけですよね。感覚的に“これが必要だ”とか思いついてしまうものなのですか。

泉氏:形はなんとなく見えるので、まずとりあえずスケッチは作っちゃいます。

その後、答え合わせをしにいくのが好きで、前にいた部署のアーキテクトの人に、“こういうメッセージングのパターンを考えるときにどういうパターンがあるのか”って聞きに行ったりするのもあれば、“こういうイメージを持っているんだけれど、どういうインフラの設計がいいのか、こういうのはどうですか”とか。

周りに優秀な人がたくさんいるので、そういう人たちにレビューをしていただきました。全然、一人だけで作っている感じではないですし、色んな事を指摘されて学ぶことが好きなので、その繰り返しです。

 

――先に全体像が見えるというのは、この遺伝子ビジネスで考えたときに、アウトプットまでの道のりが最初に見えちゃうってことですか。天才的ですね。

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泉氏:そういわれると、くすぐったい感じがしますが、何をどう組み合わせれば作れそうかのイメージは確かになんとなく検討がつきます。

その思考を分解すると、関わる人たちっていうのが起点にあると思うんですよね。

“検体からデータを起こすには、ラボで働くメンバーがいるんだろうな”とか“ここはキュレーターがモデルのためのデータを入力するんだろうな”とか。

そして“ここにお客さんもいるし、カスタマーサポートをする人たちがいる”って感じで、エンドユーザーの立ち位置はあまり変わらないんですよね。

そこから逆算すれば彼らにどういうものを、どのように提供すればよいか?という目線になる。人を中心に考えると何が必要になるかなんとなく見えますし、それを考えるのがサービスづくりの基本ではないかと思います。

 

――では、ラクスルさんに入社したきっかけはなんでしょうか?

泉氏:DeNAでプロダクトを考えて、サービスとしてリリースしていく中で、もう少し上流にあたる部分、つまりプロジェクト自体を決めた投資の意思決定に関わっていきたいと思うようになっていました。

そこまで関わることで、自分がエンジニアとして実のあるものを作ったという実感が持てるのではないかと思ったんですね。

そんなふうに思っていた中、DeNAで知り合った永見(現ラクスルCFO)から「こういう面白いビジネスあるんだけど」って紹介されました。

はじめは“印刷のベンチャーって、何だ!?”みたいな感じだったのですが、社長の松本と話して、一気に魅了されました。

ファイナンスの部分をみても成長率が半端なかったんですよ。エンジニアリングの領域でいうと、まだ荒い部分はありましたけれど、これだけバリューを生んでいる凄さを感じました。

 

――“印刷のベンチャー”のどの部分に面白みを感じたのですか?

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泉氏:印刷って、かなり古くからある産業で、国内の市場規模もほぼ安定している。ただデジタルのペネントレーションがまだ3%と欧米と比較しても非常に低い。そうなると、今後必ずEC化が進み、取引のシェアもあがっていく傾向にあると思います。

でも、そこを手掛けているデジタルのプレイヤーってあまりいない。

まだ取引の手段が電話やFAXが主流である一方、今後よりEC化が期待されるため、我々も成長機会があるんだと感じ、安定している老舗の産業でもデジタル化・ネット化していく中でまったく新しい価値提供ができるところに面白みを感じました。

 

――ところで、泉さんの肩書である「CTO」について、ご自覚されている役割を教えてください。

泉氏:やり切れているのか?と問われると、やりきれていない部分もあって、お恥ずかしい話ではありますが、自分の役割は何かと問われると“正しい方向に技術の投資をしていく”ことと自覚しています。


UIとかアウトプットによっては目に見えますが、ソフトウェアは基本的に物理的な実態のないものを作っているわけなので、いとも簡単に作れると思われることもあります。

それこそメガバンクのシステムなど、六本木ヒルズ2つぐらい建っちゃうような金額規模だったりするわけで、非常に高価なものなんですよね。

その投資を正しい方向に向けないと無駄にもなるし、株価も棄損する可能性が高い。技術投資が経済的な実入りに結びつかないと、エンジニアだって困るし、会社だって困る。

もちろん、性質上、短期的な実入りになるのか、長期的な実入りになるのかはありますが、それも含めて一定の時間単位の中で、どういう技術投資をしてリターンを作っていかなくてはならないかを考えるのもCTOの役割の一つでもあるのかと思います。

 

――こういった激動の時代の中で、エンジニアが自分らしく生きていけるすべと言いますか、どういう嗅覚をもっていくべきか、ご意見をいただけますか。

泉氏:身につけなくてはいけないスキルという話もありますし、日々問うべき正しい質問は何か?という話もあるような気がしています。

しかしスキルの捉え方は難しいですよね。本当に、多岐に渡っているので一概には言えませんが、一つだけ、絶対に持っていた方が良いのは英語ではないかと。

技術の先端は英語が発信源になっているので、そこにアクセスできないと二次的なことしか理解できないですよね。日本人のエンジニアで活躍されている方って絶対英語を使いこなせているので、そこは重要なポイントだと思います。

もうひとつ、これは金融にいたからというのもありますが、ファイナンシャルリテラシーも重要だと思っていて、仮に子どもに何を教えるべきかと聞かれたら、英語とテクノロジ―とファイナンシャルリテラシーと答えると思います。

医療関係者でも、建築家でも、スポーツ選手でも、それこそ音楽家でもなんでもいいのですが、エンジニアに限らず、今後生きていくうえで、これら3つはどの世界でも必要になるリテラシーだと思います。

特に社会人であれば、ファイナンシャルリテラシーって絶対に必要で、テストコードひとつ書くにしても、その背景にどういった経済的理由があるのか理解していないと、無駄なコードを書くことになってしまう。

経済活動をしている以上は、そういう経済的なトレードオフを考えながら物事を進めるために、そこまで深く理解する必要はありませんが、ある程度の感度を持っておくことは大事かと思います。

 

――テクノロジーに対する明るさという意味では、常に新しい情報をキャッチアップする必要があるかと思いますが。そういったセンサーはどのように研ぎ澄ますのでしょうか。

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泉氏:“楽しいことは何か?”ということだと思いますね。

楽しいことなら何時間やっても飽きないし。最近、久々にインフラ系のリサーチをしていて、まだラクスルでも確立されていない領域において、色々な会話を重ねながら進めているのですが、嫌々やっていたらこんなに面倒くさいことやりませんよね(笑)。

やっぱり目的があったり、楽しいと思えるかっていうのは重要ですね。もしかしたら、それもスキルといえばスキルかもしれないですね。“好きになる努力ができる人は成功する”みたいな話ってありますよね。好きになるというのは一つのスキルですね。

印刷でも物流でも好きになれるんですよ、“深くて楽しい領域じゃん”って。どの領域でも関心を向けて、好きになるんですよ。

英語だとアプリシエーションという言葉があって、日本語翻訳だとあまりフィットする言葉がないのですが…評価、認識、鑑賞力、感謝とか。

それぞれの領域を甘くみない、深いはずだと。名刺1枚するのに何千年かけてこれができているわけですよね。その事実に対してリスペクトするわけです。

物流だってそうです。自分たちの生活を支えていると考えると尊いんですよ。敬意をもって接することが長続きする秘訣というか、好きになるのに必要なことかもしれませんね。

エンジニアってすごいラッキーな職種ですよね。業界問わず、どこにでもいけるではないですか。興味持ったところだったらどこでも。しかもどこも人手不足ですし、日本なんか特にそうですよね。やりたいことが選べます。

行きたい方向の会社が雇ってくれるかどうかは別として、結構、選び放題ではないですか。自分がやっていることが価値になっているのかを考えて、それがNoだったらちょっと違う方向を見てみるのも良いのではないですかね。

 

――泉さんみたいに、色々なところから声がかかってくるエンジニアになるためには何が必要なんでしょうね。

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泉氏:本当に声がかかっているかは怪しいですが(笑)、さっきみたいな話、何に対してもそれを尊いものとして扱うことが大切なのではないでしょうか。

私のところにエンジニアがきて、“こんなのちょろいぜ”みたいに思う人がいたら、そんなことないんじゃないと思うし、そんな人がいたら厄介だし(笑)。

自分が向き合っている業界・分野に関心を向けて、“好きになる” 努力をし、愚直に成果を重ねていく人でありたいですし、そんな仲間と働きたいと思っています。


――最後に、次回のインタビュー対象をご指定いただけますでしょうか。

泉氏:freeeのCTO横路さんに繋ぎます。

自分がラクスルのCTOになってから、経営、組織、プロダクト戦略など、様々な悩みの相談にのっていただき、話すたびに様々なヒントやインスピレーションをいただいており、技術と経営を担う方として非常に尊敬しております。

オフィスが近かったり、実は自宅も目と鼻の先だったりとご縁もあり、是非バトンをつなぎたいと思います!

 

以上が第7回のストリートインタビューです。泉さん、ご協力いただきありがとうございました。最後に、恒例のバトンショットをどうぞ!

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「入り口から出てくるイメージでお願いします!」という無茶振りにも笑顔で対応していただきました◎

次回は、freee株式会社CTO 横路氏にバトンタッチ。今後のストリートインタビューもお楽しみに。

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( 取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:古宮こうき / 編集:TECH Street編集部)