【連載14】“技術という守りに責任”を持つ、BASE藤川真一(えふしん)氏の働く哲学とは

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こんにちは!TECH Street編集部です。
前回、TECH Streetメンバーが気になるヒト、日本CTO協会代表理事・株式会社レクター代表取締役の松岡剛志氏にインタビューをしましたが、今回は連載企画「ストリートインタビュー」の第14弾をお届けします。

 

「ストリートインタビュー」とは

TECH Streetメンバーが“今、気になるヒト”をリレー形式でつなぐインタビュー企画です。
企画ルール:

・インタビュー対象は必ず次のインタビュー対象を指定していただきます。
・指定するインタビュー対象は以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている方です。

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“今気になるヒト”松岡氏からのバトンを受け取ったのは、BASE株式会社 取締役EVP of Developmentのえふしんこと藤川真一氏。

▼前回のインタビュー記事はこちら
【連載13】日本CTO協会代表理事・松岡氏のキャリア戦略とCTO協会の目指すDXとは

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藤川真一Shinichi Fujikawa/BASE株式会社 取締役EVP of Development
FA装置メーカー、Web制作のベンチャーを経て、2006年にGMOペパボへ。2007年からTwitterクライアント『モバツイ』の開発・運営を個人で開始。2010年には想創社を設立し、2012年4月まで代表取締役社長を務める。その後、iPhoneアプリ『ShopCard.me』を開発、2014年にはBASE株式会社のCTOに就任。2019年7月より現職。
※2020年11月26日取材時点の情報です

 

――ご紹介をいただいた松岡様から『キャリアとして、BASEでの7年の歴史などとても面白いと思いますし、エンジニアとして、経営者としてロールモデルになられる方』と推薦のお言葉をいただいております。まずは藤川さんのキャリアヒストリーからお話いただけますでしょうか。

藤川氏:社会人としてのスタートは、一部上場の製造業。半導体製造装置の制御機能を開発する技術者として入社しました。

実は、高校生ぐらいからパソコン通信をやっていて、ネットワークコミュニケーションに対する興味は自分のアイデンティティとして存在していました。就職するタイミングで本当はインターネット産業に行きたかったのですが、当時はまだ大手通信系か、本当にエッジなベンチャー企業しかない時代だったので、就職先が見つからず一旦、製造業に行きました。

それはそれで楽しかったのですが、その矢先に、いわゆる“ビットバレー”的な人たちが目立ち始め、“こういう世界があるのか”と認識。しかも、ジーパン&Tシャツ姿の人たちが偉そうに話しているではないですか。

超高学歴で賢そうな人たちが作り、参入の余地がないぐらい大人な世界ではなくて、若者が集まる夢のある世界というイメージで、“これだったら自分でも携われるのではないか”と思って、まず手始めに受託開発の会社に転職。そこから私のWebのエンジニアとしてのキャリアがスタートしました。

ところが、受託開発の仕事をしていて、しばらく経って感じるようになったのは、“エンジニアは後方支援部隊なので、自分たちが作った成果物がどうなったかということがわからない”という物足りなさ。

やっぱり、自分が作ったものが、ユーザーに対してどのような影響を与えるのか、そこが見えるような仕事に就きたいとWebサービス側に転職しました。それが現在のGMOペパボですね。そこでECショッピングモールの開発を担当。その後、プロデューサーという役割に従事するようになりましたね。

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その後、大きな転機が訪れたのは、「モバツイ」を始めた時です。最初は、技術者としての興味から個人でサービスを作って、趣味の延長のような形で運営をはじめました。

当時は、ちょうど日本にTwitterが入ってきたばかりのタイミング。まだ日本語対応も適切にできていない状態だったのですが、APIが大々的に公開されていて、色々できることがわかりました。

そんなこともあって、2007年ごろにはTwitter関連サービスブームが起きていて、その流れの中で、携帯に対応した「モバツイ」というサービスを開発して始めたら、当たってしまったのですね。

どんどんサービスが大きくなっていくにつれ、お金を稼ぐ必要が出てきます。なぜなら、自宅にサーバーを置いていたので、けっこうな電気代がかかります。しかもTwitter社からリンクを貼ってもらうことになって、さらにトラフィックが増えたのですよ。

そうなると家のサーバーではとてもではないけれど対応できない。そこで当時、誕生したばかりのAWSに移行。AWSの利用料のためにお金を調達する必要がでてきたので、収入を作るために広告モデルを推進していこうと。

試しにGoogle AdSenseの広告を貼ってみると、AWSのコストよりも広告売上の方が高くなることに気が付きました。後はサーバがどれだけ増えても、この不等号の関係を維持できれば、ちゃんと利益が出続けるのでは?と考えそこからサービスをスケールする方向へと舵を切りました。

そのタイミングで独立を果たすことを決意。モバツイ一本で頑張ろうと考えて、2010年には法人を設立し、スタッフを含め10人ぐらいの会社を経営することになりました。

 

――元々、独立意識、経営したいという意識はあったのでしょうか。

藤川氏:ありましたね。実は、2006年くらいからWebSig24/7というWeb制作者のコミュニティに参加。

途中から運営グループに入って、業界の底上げを目指して活動をしていました。ボードメンバーの多くが経営者なのですね。彼らとずっと話をしていると、やはり自分もやってみたくなるのですよ。

当時、ブログで、技術の話を中心に偉そうなことを書いていたのですが、唯一触れられないのが経営の話でした。

当時、ブログには“こうしたい”“こうあるべき”みたいな話を時流と合わせて書いていたのですが、Webサービスを運営していたところで意思決定には介在していない。そこがないと、技術の良し悪しぐらいしか論じられないので、薄っぺらだなと。

自分ができないことはちゃんと線を引いて書いていたのですが、経営とかサービスがどうあるべきか、説明不可能ならビジョンを語ることができないと思ったのです。語るためには、実際に起業してみなくてはダメで、もしうまくいかなかったら自分は経営に向いていないということがわかるだろうと、当時はそう考えたのですね。

立ち上げた会社には「想創社」と名付けました。人の想いを形にする会社と言う意味です。先ほどもお話ししたように、受託の会社とWebサービスの会社の両方を経験しましたが、それぞれの目指すところは全然タイプが違うのですね。

受託はお客様のニーズに応える仕事ですが、一方のWebサービスは全体最適を意識して如何にスケールさせていくかというアプローチです。受託のほうがなんでもできて、Webサービスだとどうしても融通が利かない部分があります。

この2つを満たすような立ち位置ができないかなと考えていました。要するに、再利用可能なプラットフォームみたいな製品を作って、それをカスタマイズできるようにしたいと漠然と思っていました。ただ、その前にモバツイがうまい具合にいってしまったので、注意がそちらに取られてしまったということですね。

ところが、2年半ぐらいで会社を譲渡する形で一旦クローズすることになりました。僕がやっていたのはガラケー向けのサービスだったので、スマホシフトに乗れなかったということですね。自分がこのまま介在し続けるよりは、別の会社に譲渡して、自分は一旦別の道に進んだほうが良いのではないかと考えました。

 

――モバツイを手放してから、どこで何をされていたのでしょうか。

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藤川氏:自分のサービスを作るためにiOSのアプリを勉強したり、知り合いの会社をいくつか手伝ったり、マルチな活動をしていました。再チャレンジを意識して会社は作りましたが、実態は個人事業主ですね。“個人でどれだけできるかチャレンジしたい”という時代感もあって、エンジニアだったらそれが可能なのではないかと思っていましたね。

その間に、大学院にも通いました。実は、受託の会社にいるときから学びたいという意識がありました。人から言われれば、モノも作れるし提案もできるのですけれど、ゼロからサービスを作る、そのビジョンが思い浮かばなかった。それを考える力をつけるために大学院に行こうと思いました。

モバツイを売却した後に、あるイベントに慶應義塾大学大学院の砂原先生という方と登壇する機会があって、その時にメディアデザイン研究科という大学院のプレゼンテーションをされていて、これだと思ったのですね。

テクノロジーとデザインとマネジメントとポリシーという4つの概念があって、これらが組み合うのが大事ですよねという話や、サービスを考えるプロセス=デザイン思考を大事にしていますよという話を聞いて刺さってしまったのです。

大学院に通いながら自分で作ったサービスは、飲食店向けのアプリなのですが、飲食店が無料で物やグッズを売れる機能を内包できたらいいなと思ったのですね。だったら、ゆくゆくは無料のECとの連携を実現したいと思っていて、そこで当時、まだ立ち上がったばかりのBASEに目をつけました。ぜひとも介在しておきたいと思い、“手伝いたいです!”と言って、顧問としてジョインさせていただくことになりました。

 

――身の置き方が柔軟と申しますか、経営側とかエンジニア側とか線引きをせず、マルチに活動されるのですね。

藤川氏:そうですね。いかにもといった起業家タイプではありません。出資を受けてチャレンジするというタイプではなくて、基本的には保守的なのですよ。

石橋たたいて渡るタイプなのですけど、やるべきこと、やりたいことに対して境界を持たないというか、自分がエンジニアだから、ここまでしかやりません、っていう考えは持ったことありません。自分の目の前の問題に対して、“できるなら全部自分でやればいいじゃん!”というところはあるかもしれないですね。

要するに、元々技術畑の人間ではありますが、ギークではないということです。がっつり技術が好きというよりは、人様が作られた技術を使わせていただいているというスタンスで、技術そのものが好きでソースコードを書くことを追及されている方とはタイプが違います。僕は技術そのものよりも、その技術が世の中をどう変えていけるかということに興味があるんです。

 

――テクノロジーを活用したサービスを提供する経営者の中には、ぜんぜん技術寄りじゃない人もたくさんいます。技術寄りの経営者との違いについて、どのようにお感じになられますか。

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藤川氏:役割が違うので、そもそもの持分が違うという話ですが、僕はもともと大学が工学部だったのでエンジニアリングという言葉に対するこだわりが強くて、Webサービスを維持するための視野を責任として持っています。

BASEというサービスが当たり前のように動いているということは当たり前じゃないのですよと。動いているということは裏で人が動いていて、アラートが来たら何時であろうと即みんなで見ていますし。

そういうことをやっているからこそサービスが当たり前に動いている、ということに興味持てるかどうかですね。ビジネスを伸ばすためにどういう機能を生み出すか、世の中にどういう価値を作り出すかというところに専念する人が必要な分、僕は守りのところが当たり前に存在するものではなくてチームで維持していくものだ、ということを意識して今の仕事をしています。

プログラムを書いて何かの機能を提供するというのはこの時代、誰でもできます。つまりBASEの機能をコピーするのは誰でもできるということです。

でも、BASEがBASEたる所以というのは、僕らがサーバーを守っていることだったりとか決済を維持することだったりとか、決済会社との関係性とかそういうところの総合的な部分に宿っているわけで、プログラムそのものではないです。

プログラムを書くことはその実体であって、下地にあるサービスを構成するいろんな自分たちの取り組みがあって、これらを総体してサービスというのだと思います。

うちは経理もBASEのサービスにがっつり踏み込んでいて、ショップさんへの入金も経理チームがやっています。もっと大きい会社だったらショップさんへの入金は事業部の責任であり、経理は間接部門としてその結果の取りまとめをやっているはずですが、あまりにも流れる額が大きいこともあり、今は経理チームが責任を持ってくれています。

言葉を変えるとWebサービスを運営する企業として、会社全体でサービスを守る構造になっていると言えます。エンジニアリングチームは、全体的な視点で、社内の労働生産性を守ったり、ヒューマンエラーを防ぐための開発も行ったりなどを通じて、Webサービスというビジネスを守るのも重要な仕事だと考えています。

 

――顧問としてBASEに入り、資金調達後、拡大していく中でCTOとしてジョインしていかれました。役割の変遷について教えてください。

藤川氏:最初の頃、当時のエンジニアチームには別にCTOがいました。彼は自分でもビジネスをしている多才な人で、あちこち動き回っている人でした。そんな中で僕は技術顧問として週一で現れる人です。

36~7歳の時ですかね。みんなの悩みを聞いたり、データベースのアドバイスをしたり、CTOと会話して技術方針について対話をしたり。やがて組織固めが必要になってくるので、フルタイムのCTOを置く必要が生じてきます。

採用活動など、従来のエンジニアリングとは違う作業が求められるし、組織が大きくなっていく課程で生まれる軋轢も見ていく必要があります。そこで、前のCTOから僕にチェンジして組織作りに注力するようになりました。

経営的には、結局、ヒト・モノ・カネっていうではないですか。お金はそんなに意識したことはなかったですし、モノはソフトウェアでそんなに重要ではなかったのですが、ヒトについては人一倍意識しましたね。

ただ、CTOとして、ずっとみているとサービスに対するアテンションが圧倒的に増えてしまうので、採用とBASEのサービスを維持するという2つの責任が出てきます。BASEのサービスは、ずっと何かしら起きたりするので、他に見てくれるメンバーがいるけれども、当然、CTOが責任を持っているわけですから、どんどんそこに注意が削がれていきます。

Webサービスが問題なく安定して動いている状態を見るのは、エンジニアとして楽しい作業ではないですか。それに対して、採用は大変なので、自分を奮い立たせて取り組む必要があります。完全に自分を切り替えなくてはいけなくて、経営とかマネジメント脳に近づけていかなくてはなりません。 

 

――CTO、そしてEVP of Developmentの役割をどのように自覚して、どのような力を組織に注入していこうとお考えですか。

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藤川氏:CTOは技術的なリーダーで、技術投資などの意思決定をする存在でした。会社が大きくなると、組織に対する比重が大きくなっていきます。その後、CTOの職務を譲ることになるのですが、結局、CTOってどんどん仕事が増えていくのですよ。

単純に技術のことから内部統制、情報漏洩・セキュリティの話といった社内の情報システム、みんなのパソコンどうするの?とか、そんな話に至るまで、ある種、CTOが矢面になるわけです。最初は、自分1人でそういうことをすべて対応していくのですが、当然、リソースが足りなくなるので人を雇います。ただ人ってすぐに雇えるものではないですよね。

それでも業務がどんどん増えるので役割も広がっていくので、人を増やして、役割を分担してチームを作っていく、その過程で結局、肝心なBASEのサービスの部分がおざなりになるのを防ぐために、CTOとしてBASEを見る役割を他の人に移譲して、僕はマネージャーのマネージャーや、他チームとの連携など、それ以外を受け持ちますということで、内部統制などを担当しています。何か新しいことが始まると必ず僕が介在して、ある種、カタチにして人をあてはめていくということをします。

この役割を全うするために必要なのは、世間一般でいうところの“実務能力”ですかね。いわゆる“気がつく力”です。

去年、不正決済対策に取り組んでいた時に、ふと大学院で研究していたプロセスにすごく似ているなと思いました。結局、物事を観察して情報を集め、咀嚼して、モデルのようなものを作って対策を考えるという、研究のプロセスがそのまま使えるなと思いました。考えているようで、あまり考えてない。

考えるのって難しくて、考えきった経験がある人しか、この境地にたどり着けないのですけれど、課題がないとみんな諦めてしまう。でも、大学院って学位とるために考え抜かないとダメではないですか。それでお風呂に入っている時に、セレンディピティみたいに気がつくのです。

 >>次のページへ続く


 

――経営者って考える、指示をすることで終わる方も多い中で、藤川さんは実務まで巻き取るということですよね。

藤川氏:任せられる人がいたら任せるのですが、自分がやらないといけないというか、どう指示していいかがわからない。入り込まないと適切な指示ができなくて、曖昧な指示だとみんな困っちゃうではないですか。

一旦、その部分の個々の問題解決の入り口は自分で作るということなのだと思います。コンセプトができあがれば、あとはそれぞれの専門家に任せればいい。人を採用するときも、自分が経験していない領域では採用ができないのです。

特にハイスキルな人ほど、“この会社でやってみたい”という共感を得る必要があって、「ここまではやったのですけど、この先が難しいので一緒にやってくれませんか」という形でないと採用ってできないですよね。そういった問題能力というのが問われますね。

 

――これまでに色々な働き方をご経験している藤川さんですが、働き方に対する哲学みたいなものがあったらお聞かせいただけますか。

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藤川氏:単純に会社に入るかフリーランスになるかという話が一番、わかりやすいかなと思います。

「モバツイ」を譲渡した後に一旦1人になったのですが、その時にコワーキングスペースを借りるなど、いわゆるリモートワークのようなことをやってみた結果、“向いていないな”と思いました。寂しがりやなんですよ(笑)。

そして、何かを求められていないと、自分が存在する価値がわからないのですね。もっと強い人は、自分の価値を作りだすのですが、僕は無理で、誰かに求められる状態が心地よいのです。

このコロナで久しぶりにリモートワークをしたのですが、家にいると寂しいですね。働くという行為は、人から求められ自分の存在価値を作り続ける手段でしかないと思いますね。社会から与えられていることをどう実現して、対価として賃金を得るというシンプルなことを突き詰めているだけという気がします。

 

――求められている状態を作るのが大変だと思いますが、求められる存在になるためにはどうすれば良いのでしょう。

藤川氏:技術者の時は比較的シンプルで、世の中に新しい技術がどんどん出てくるので、それをキャッチアップして、何ができるのかを社内外に発信するというのが近道だと思います。

受託開発をやっていた時に在籍した会社では、お客さんから「これをやってください」というよりは、「これを解決するにはどうすればいいですか?」というオーダーが多かったのですね。だから色々な提案ができたし、技術選択においても、最後には「どうにかします」と言うと、お客さんもその言葉が欲しかったのだと。

新しい技術を取り入れるのは良いけれど、「責任を持つ」ということを僕から聞き出せたことで、お客さんがやる気になったわけですね。「これがいいんじゃないですか」「あれがいいんじゃないですか」みたいな表面的な技術提案は知識さえあれば可能です。でも、それをちゃんと実現して、やりきりますというのを自分が担保することが重要なのだと気がつきました。

 

――与えられたら応えていかないと、求められ続ける存在になれないということですね。

藤川氏:そうですね。僕は大学のとき、信頼を意味する言葉「Trust」というタイトルで論文を書いたのですが、信頼って何かというと、上司と部下で考えると、上司が最初に部下にふる仕事って“この人はこういう仕事ができそうだな”という期待に基づく仕事をわたしますよね。

それに対する結果が期待通りだったら、期待通りのタスクを実現できることがわかって、もう少し大きい次のステップの期待をかけます。そこで生まれているのが「この仕事であれば、期待通りにできた」という信頼です。

つまり、信頼というのは絶対的なものではなく、相対的なものであり、徐々に積み上がっていくものです。積み上げの結果、“ここまできたらマネージャーにしましょう”“ここまできたらテックリードですよね”みたいな。そういう信頼獲得ルールをどれくらいの期間で回すかということが大事ですね。

そういったことは、大学院で学ぶ前から意識してきました。応えられなかった期待については頭の中にずっと残っていますね。自分は凡人を自称しているのですが、僕はそれほど何か対するこだわりやビジョンがなかったのですよ。

結果として、何かをやってみて失敗してみるというパターンをずっと繰り返しています。その結果、こうすべきだったということを失敗から学ぶタイプです。逆に言うと、そういうサイクルを回すことでしか学べなくて、エレガントな考えをもって賢く合理的に物事を進められるような人ではないです。

 

――コロナ禍で、体制作りなどで変更を加えた点があったら教えてください。

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藤川氏:誤解を恐れずに言うと、コロナより前のBASEは、創業者である鶴岡が作ったコンセプトが優れていたのですよね。システムがサービスを支えているというよりも、ビジネスモデルとUIがサービスを支えていました。今年の5月にものすごくトラフィックが増えたのですが、“その先の成長は技術が引っ張っていかないと実現しないな”という限界が見えたのです。

Webサービスって、AWSなどのクラウドサービスに依存できる間は連続的にスケールアップしたり、横に増やしたりするのは簡単にできますし、ユーザー数が増えても安定したサービスが提供できるようになっているのですね。いわゆる「お金で解決する」ことができます。

ところが今後を考えると、それだけだとどこかで限界がくると思いました。結局、ソフトウェアやサーバ全体の効率性を高めていかなければ、クラウドサービスに依存した成長はどこかで天井がくるのです。

上限が見えた時にソフトウェアの構造やアーキテクチャから見直さないと、この先の成長に支障が出そうだと感じて、それを改善できるエンジニアリング組織にしなければ、未来の成長は担保できないという結論に辿りつくわけです。

そんな観点から今のメンバーやチームを改めて見直して、日常のコードを書くメンバーの意識や技術をもっともっと高めていかなければならない。メンバーが負荷問題を作り込んでしまって、CTOが問題解決しているようでは非常に非効率です。

そうではなく、日常的にハイクオリティのコードを書いてパフォーマンスを意識し、それを支えるテストやエンジニアプロセスも含めて、全体の底上げをする必要があることがと改めてわかりました。

そのためにも採用や教育も含めてしっかり改善していこうと方針を転換。これまでコンセプトとUIに委ねている部分が大きかったのを反省して、そこは大きく構造的に見直すのと日常的なマネジメントの中で解決していくという考えにシフトしました。

具体的な取り組みとしては、まず開発プロセスやサービスをデプロイした後のパフォーマンス変化が気づきやすいモニタリング体制を整えています。要するに、サービスが劣化しているといち早く気付き、コード書いた本人がいかに早く問題に気づき、自らが修正するという行為を通じて学ぶのが一番早いわけです。

1ヶ月前に書いたコードの問題点を見つけても、自分ごとで捉えられる人は限られてきます。いち早く問題に気づけるような体制作りに取り組んでいるということです。

 

――今後のビジョンをお聞かせいただけますでしょうか。

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藤川氏:BASEの技術組織は現在、50人ほどの体制になっていますが、自分がこれまでマネジメントしてきたサイズでいうと確実に最大ですね。なので、この延長線上に発生する課題は僕にとっては未知の世界となるので、やり続けていかなければならないし、まだまだこの先に求められることもあると思うので、BASE社の発展に貢献し続けていたいとは思っています。

ただ、それとは全然別に、自分自身のキャリアとしては、制御設計を行うエンジニアとして製造業から始まり、Webという情報産業を取り扱うベンチャーにいって、スタートアップに入って大きくなる段階も経験したので、一周回って大企業もありかなとも思う時はあります。

今、DXみたいな文脈ってあるではないですか。それこそ松岡さんがやっているCTO協会もありますが、Webが経営に与える重要性が高くなっているからこそ、古いけれども社会を支えている会社で、僕なりに何かできることないかなとは思ったりはしますね。

 

――最後に、これからの時代、エンジニアとしてどういう生き方をしたら良いのか、ご提言いただけますか。

藤川氏:僕もそうですが自分の理念みたいなのを持っていない人がたくさんいると思います。周りの要求についていくことが自分の価値だと思っているから、日常のトレンドに振り回されてしまうのですね。

それよりは、自分が携わっているジャンルがどうあるべきかという指針を持って、それをデザインできるような立場や役割になることを意識して働いてほしいです。

自分が携わっている分野が何なのかをちゃんと考え、より良くするにはどうすればいいか?それを自分の技術に落としこんでいくと、自動的に視野が広がってくる気がします。

そうすると自分の立ち位置が上がったり、もしかしたら事業部長になったりするかもしれませんし、そうなるとお給料もあがるかもしれませんから(笑)。そこはしっかり意識してほしいなとは思います。

 

――藤川さんご自身の技術者としての特性、強みはなんですか。

藤川氏:僕は適応力かなと思います。技術が進化しているとはいえ、肝となるものは変わってないので、自分が過去、もっともアクティブにやっていた時の差分を反映させることで、新しい技術への適用はできるのですよ。これを個々の技術としか見られない人は、点でしか見られないので、一から勉強しないといけないっていう胃が痛くなるようなことになってしまいます。

技術は人が作るものなので、その技術が出てくる背景はあくまで歴史があります。問題解決の動機があって、それを解決したくて作って、みんなに支持されて広がっていくので、その人が持っている哲学みたいなのを理解すると、“だからこうなっているんだ”ということがわかって、より楽しくなります。

そうすることで前の技術との差分が見極めやすくなる感じですかね。それこそ製造業からWebの世界に来ましたが、ジャンルが違うだけで見ているものは変わらないので。

 

――ありがとうございました。とても勉強になりました!それでは、次回の取材対象者を教えてください。

藤川氏:メルカリの VP of Engineeringを務められ、現在、株式会社サイカでCTOをしている是澤さんを推薦します。

エンジニア組織をどう引き立てるかという知見や意識はすごく高い方です。自分自身がエンジニアで何をやるかというより、組織をどう作っていくかを、メルカリをやめて今の会社さんで改めて実践されているのですがすごく勉強になりますし、いつも相談させていただく方ですね。

以上が第14回のストリートインタビューです。
藤川さん、ありがとうございました!最後は恒例のバトンショットをどうぞ!

f:id:pcads_media:20201222113351j:plain次回は株式会社サイカCTOの是澤太志さんにバトンタッチ。今後のストリートインタビューもお楽しみに。

▼ご紹介いただいた日本CTO協会代表理事・株式会社レクター代表取締役の松岡剛志氏の記事はこちら
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【連載13】日本CTO協会代表理事・松岡氏のキャリア戦略とCTO協会の目指すDXとは

(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:古宮こうき / 編集:TECH Street編集部)