「AIを使う組織」から「AI前提で設計された組織」へ。ディップCTO長島氏が挑む、価値を出し切る組織への改革

こんにちは!TECH Street編集部です。
連載企画「テック・ディスカバリー」の第5弾をお届けします。
今回は、ディップ株式会社のCTO・長島圭一朗氏に取材しました。プロダクト、開発プロセス、さらには責任の所在に至るまでを「AIが動くこと」を前提に作り替える、組織の設計。また長島氏が考える「真の開発者体験」や事業会社に身を置くエンジニアの理想の在り方について、迫ります。
※記事公開時点(2026年5月)の内容を記載しています。

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長島 圭一朗  氏

ディップ株式会社 執行役員CTO 

ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、23歳で開発リーダーに就任。サイバーエージェントグループではモバイルEC、ソーシャルゲーム、広告プロダクトなどの開発責任者を歴任し、米国ではスマートフォンゲームや広告サービスの開発に従事。帰国後は技術責任者として新規アドテク事業の立ち上げなどを担当。 
2015年より株式会社スマートショッピング(現株式会社エスマット)取締役CTOとしてIoT在庫管理サービス「スマートマット」を開発し、ハードウェア・クラウド双方の技術戦略と組織構築を推進。 
現在はディップ株式会社執行役員CTO兼ソリューション開発本部長として、求人サービス「バイトル」を中心とした人材サービスとDXサービス「コボット」を接続し、AI前提の開発組織とプロダクト基盤の再設計に取り組んでいる。

 

 

──まずは、現在ディップで長島さんが担当されているミッションについて教えてください。 

長島: ディップは全社員3,100名のうち、4分の3にあたる2,300名が営業職という、非常に「営業に強い会社」です。一方で、HR領域には技術力を武器にする競合他社も数多く存在します。
私がCTOに就任する際、会社に宣言したのは、今の強みを活かしつつ「営業力に加え、プロダクトや技術にも強みを持つ会社」へと進化させることでした。営業力という既存の武器に、強力な技術力を掛け合わせる。これこそが会社からの期待であり、私が成し遂げるべき最大のミッションだと考えています。

 

──そのミッションを実現するために、どのようなステップを踏まれているのでしょうか。

まずは「バイトル」の大規模リニューアルを通じ、単に「プロダクトを作る」段階から、その先の成果にまで責任を持つ「価値を出し切れる組織」への変革を推し進めてきました。
また、その延長線上にある現在の大きなテーマが「AIを使う組織」から「AI前提で設計された組織」への転換です。AIを単なるツールとして導入するのではなく、プロダクト、開発プロセス、さらには組織設計そのものをAI稼働前提で再設計する。この大きな転換期を乗り越え、組織を進化させることが、今の私の挑戦です。

 

──「価値を出し切る」という言葉には、具体的にどのような想いがあるのでしょうか。

求人サービスでは応募数が重要な指標となります。ただ、求職者にとって応募は入口であり、本当に大切なのは納得して働ける場所に出会い、その後も活躍できることです。

そこで私が入社してから推進しているのが「繋がり続けるサービス」への転換です。これまでの「点」の支援だった応募数を追うモデルから、面接、就業、その後のキャリアまでを支援する。ユーザーの真の利益を追求する構造に変えること、これが私の言う「価値を出し切る」ということです。

アウトカムの追求こそが、最大の「開発者体験」

──エンジニア組織の文化や開発者体験の向上について、長島さんのこだわりを教えてください。

私は長年ソフトウェアエンジニアとしてキャリアを積んできましたが、その経験から断言できるのは、開発者にとって最も悲しいのは「作ったプロダクトが使われないこと」だということです。私たちも含め人材サービス各社は、これまで応募者数を主要KPIとして磨いてきました。これは事業として正当な努力ですが、その先の『就業』『定着』に責任を持つ視点も同時に強化したい――それが私のテーマです。

どれだけ高度な技術を駆使しても、プロダクトが顧客の課題解決に直結していなければ意味がありません。だからこそ私は、「何を作るか」ではなく「提供先にとって何が嬉しいのか(アウトカム)」に徹底的にこだわりたい。自分の書いたコードが誰かの人生を動かし、実際に使われているという手応え。この「アウトカムの実感」こそが、事業会社に身を置くエンジニアにとっての「最大の開発者体験」だと考えています。

 

──「環境」としての開発者体験について、具体的に取り組まれていることがあれば教えてください。

エンジニアが「何を作るべきか」を深く考えるための、時間と精神的な余裕を確保することが組織の重要な役割です。具体的には、不要なミーティングを徹底的に削減し、コーディング作業などのルーティンは積極的にAIに任せる体制を推進しています。今の時代、AIによって捻出された時間は、そのまま「ユーザーへの価値創造」や「事業への深い理解」に充てるべきと考えています。

また、判断の軸を「ユーザーファースト」という言葉で統一しています。現場で技術選定や仕様に迷ったとき、常に「これは求職者にとってプラスになるか?」という基準に立ち返る。この判断軸によって、エンジニアは迷いなく本質的な開発に集中でき、それが結果として良好な開発者体験と強いプロダクト作りに繋がると信じています。

 

──技術活用とビジネスへの貢献、このバランスについてはどうお考えでしょうか。

私は社員に「私たちは研究職ではなく、事業会社のエンジニアである」と伝えています。新しい技術に触れたいという欲求は素晴らしいですし尊重しますが、あくまで「エンジニアリングの価値は、最終的に事業の成果に結実してこそ最大化される」というのが基本姿勢です。AIの台頭によってコーディング作業の一部が代替される今、エンジニアの価値は「解くべき課題を特定する力」へとシフトしています。AIを使いこなし、空いた時間で顧客の真の課題に向き合う。こうした「人間の判断」が介在する領域に注力できる環境を作ることこそが、今のエンジニア組織に求められていることだと考えています。

人材サービス × DXで労働市場の「摩擦」を解消する

──「事業への貢献」という観点で、具体的に人材サービスとDXサービス(コボット等)をどう融合させ、市場の課題を解決していくのでしょうか。

人材不足には人口動態を含むさまざまな要因がありますが、その中で私たちがテクノロジーで解消できる余地が大きいのが、労働市場における『摩擦』です。具体的には『情報の非対称性』『プロセスの分断』『マッチングの非効率』です。

先ほど「応募数」の話をしましたが、実際の採用プロセスは「応募→面接→採用→定着」と地続きです。これまでは各フェーズが分断されていたため、本来出会うべき人と仕事が最適に繋がっていませんでした。ここにこそ、DXによる解決の勝機があります。

求職者接点を持つ「バイトル」と、企業の業務DXを担う「コボット」をAIで接続する。単に「求人媒体とDXツールを足し算する」のではなく、「求職者データ × 企業側の採用プロセス × AI」という方程式でプロセス全体を最適化することで、単なる「応募数の最大化」を超えた価値を提供できると考えています。

具体的には、

  • 単なる応募ではなく、自分にぴったりの職場に「ちゃんと出会える」
  • 面接のミスマッチをなくし、お互い納得して「ちゃんと採用される」
  • そして、入社後のギャップがなく「ちゃんと働き続けられる」

という状態を作り出す。私たちが真に成し遂げたいのは、労働市場に存在する摩擦を、テクノロジーの力で根本から解消することなのです。

AI導入の壁は「精度」ではなく「組織構造」にある

──バイトルなどの大規模プラットフォームにAIを導入する際、最大の壁は何でしたか?

実は技術よりも、「AI前提で設計されていない組織構造」が最大の壁でした。
AI導入では『モデル精度』や『ツール選定』はもちろん重要です。ただ、大規模サービスでAIを継続的に活用していくうえでは、それだけでは不十分です。『誰が責任を持つのか』『どこまでAIに任せ、どこで人が判断するのか』といった、業務・責任・統制の設計まで含めて見直す必要があります。

AIは便利ですが、「便利だから任せる」だけでは危険です。私はよく「AIを導入しているかは論点ではない。AI前提で設計できているかが差になる」と話しています。AIはもはやツールではなく、インフラです。だからこそ、組織全体を再設計する必要があるのです。

AIは「共創」のパートナー。エンジニアが磨くべきは「言語化と構造化」

──AI活用の展望、そしてこれからのエンジニア像についてもお聞かせください。

今後はさらに「非構造化データ」のマッチングを強化します。「店長との相性」や「職場の雰囲気」といった、定量化しにくい要素をAIで解析し、精度の高い提案を行います。また、内部的にもコーディングの一部をAIに任せ、浮いた時間を「顧客の課題理解」に充てる。これがこれからのエンジニアの姿です。もちろん、個人情報保護や公平性に十分配慮し、適切な同意と管理のもとでデータを活用することが前提です。

 

──AIに仕事が奪われるという懸念についてはどうお考えですか?

むしろ、人間の判断の重要性は増すと考えています。現場の複雑な課題を理解し、コンテキスト(背景)をAIに注入して判断する「共創」のプロセスは、人間にしかできません。

これからのエンジニアに磨いてほしいのは、「言語化能力」と「構造化能力(コンセプチュアルスキル)」です。自分の知識や意図を正しく言語化して伝えなければ、AIは動いてくれません。このスキルこそが、AI時代に色褪せないエンジニアの真の価値になります。

信頼を背負う「事業会社エンジニア」の矜持

──最後にエンジニア読者へメッセージをお願いします。

長く使われてきたサービスには、継続運用の中で見直すべき技術的課題が蓄積していることがあります。私たちのバイトルも例外ではありません。全くの更地に新しいものを作るよりも、今いるお客様の信頼を守りながらシステムを刷新していくことの方が、技術者としての希少性は格段に高い。

「何でも新しくすれば良い」というのは技術者のエゴになってしまうこともあります。お客様の信頼を毀損しないエンジニアリングを追求しつつ、価値を出し切る。構造化能力と言語化能力があれば、AIがどう進化してもアジャストし、意思決定に集中することができます。そんな「強いエンジニア」と一緒に、日本の技術を向上させていきたいです。

 

(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/ 編集:TECH Street編集部)

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