
こんにちは!TECH Street編集部です。
連載企画「ストリートインタビュー」の第64弾をお届けします。
※記事公開時点(2026年7月)の内容を記載しています。
「ストリートインタビュー」とは
TECH Streetコミュニティメンバーが“今、気になるヒト”をリレー形式でつなぐインタビュー企画です。
企画ルール:
・インタビュー対象には必ず次のインタビュー対象を指定していただきます。
・指定するインタビュー対象は以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている方です。

“今気になるヒト”津田さんからのバトンを受け取ったのは、株式会社Deep Groove 山本 寛司さん。
ご紹介いただいた津田さんより「山本寛司さんをご紹介します。ビットキー時代の上司で、現在は Dress Code社にも参画していますが、メインは株式会社Deep Grooveの代表取締役を務めている方です。彼は経営者としてのビジネス感覚と言語化能力が極めて秀逸である一方で、今でも自らエンジニアとして手を動かし続けている稀有な存在です。技術への真摯さと経営視点を併せ持つ彼の、行動の原動力をぜひ深掘りしてほしいです。」とお言葉をいただいております。

山本 寛司氏
株式会社Deep Groove 代表取締役CTO
ロースクール卒業後、ソフトウェアエンジニアとしてワークスアプリケーションズに入社。ERP製品の開発および評価に従事。2018年、ビットキーの創業に参画し、分散合意アルゴリズムを活用した認証認可のプラットフォーム開発やスマートロックのハードウェア開発に携わる。同社VPoE 兼 プロダクト開発統括責任者を経て、2025年1月より株式会社Deep Grooveの代表取締役CTOに就任。
- 新しい概念を素直に吸収するための「バイアス排除」
- C言語未経験からハードウェア開発の修羅場へ
- 「価値の面積」を最大化する。QAのプロと組んでSaaSスタートアップを起業した理由
- 経営陣のビジョンをロードマップへ落とし込み、「開発の意味」を可視化する
- スキルを磨いたその先へ。人生を面白くする「仲間」を探しにいこう
── まずは、現在の山本さんを形作る原体験をお聞かせください。
山本: 大学卒業後に大学院(ロースクール)へ進学して3年間通ったのですが、卒業後の司法試験に不合格となり、そこから28歳までは定職に就かずこれからの生き方を模索する日々を送っていました。転機が訪れたのは2009年、まさにリーマンショックの影響で就職状況が極めて冷え込んでいた時期です。ふと「このままではいけない」と強い焦りを感じ、急遽就職活動を始めました。
しかし、不況に加え当時28歳で職歴なしという状況は非常に厳しく、エントリーシートを150通ほど送っても書類が通ったのはわずか2箇所でした。その一社が弁護士事務所で、もう一社が株式会社ワークスアプリケーションズでした。そこから縁があり、エンジニア未経験ながらワークスアプリケーションズへと入社することになったのです。
── 未経験からのスタートとなったわけですが、当時のワークスアプリケーションズの環境や、実際の研修はいかがでしたか?
当時のワークスアプリケーションズの研修は、非常に高い基準が求められるタフな環境でした。半年間で実務に即した難度の高い課題が次々と課され、それぞれに厳格なクリア基準が設けられている独自のプログラムが組まれていました。 結果として、同期の多くが途中で進路を変更せざるを得なくなるなど、シビアな世界でした。
しかし、私は10ヶ月間かけて150社に応募し、ようやく手に入れた貴重なチャンスでしたので、「何が何でもこの壁を乗り越え、エンジニアとしての道を切り拓くんだ」という、誰よりも強い覚悟で臨んでいました。最初は座学から始まりましたが、プログラミングの専門教育を受けた経験もなく、右も左も分からない状態です。それでも、必死に食らいついて勉強を続けるしかありませんでした。
寝ても覚めてもアルゴリズムのことばかり考えていたせいか、入社最初の週末には、ある奇妙な夢を見ました。それは、プログラミングの制御で用いる変数に、数を1ずつ足していく意味を持つ「 i 」というものがあるのですが、夢の中でその「 i 」という箱がベルトコンベアで次々と流れてきて、そこに私がひたすら「1」を入れ続けるという夢です(笑)。脳内が完全にプログラムにハックされるほど、当時は強いプレッシャーと覚悟を持って真剣に取り組んでいました。
── そこまで真剣に挑んだ過酷な研修ですが、最終的にはどのような結果になったのでしょうか。
死に物狂いで取り組んだ結果、私にはたまたまプログラミングの適性があったようで、最終的には同期2位という成績で研修を卒業することができました。
ただ、無事に研修を終えはしたものの、優秀な周囲と比べると、私には「6年間の空白」という大きなビハインドがありました。そのため、「この遅れをどうにかして取り戻したい」という強い思いが、その後の私のキャリアにおける大きな原動力になりました。
新しい概念を素直に吸収するための「バイアス排除」
── 未経験から短期間でトップクラスの成績を収められた要因は何だったのでしょうか。

一言で言えば、「新しい物事に対するバイアスを排除すること」だったと思います。
大人は新しい技術に直面したとき、心理的な抵抗感や「自分には難しい」というバイアスを抱きがちです。例えば、もし大昔の人間が現代のテクノロジーをいきなり見せても、わけが分からないものとして拒絶してしまうと思います。
しかし、現代に生まれた赤ちゃんは、スマートフォンやAIを何の先入観もなく、ただ目の前にある当たり前の環境として素直に受け入れます。当時、私も「未経験だからできない」という拒絶反応に一回蓋をして、赤ちゃんのようにフラットな状態でプログラミングと向き合うように努めました。それが最大のポイントだったと思います。
── 研修を終え、配属されてからはどのような目標を持ってエンジニアリングと向き合っていたのですか。
無事に研修を終えたものの、実は全力で取り組んでもどうしても勝てないと感じた、天才的に優秀な同期の存在があったんです。彼には、卓越したビジョンがありました。そこで私は「彼が何か新しいものを立ち上げる時に、ものづくりの領域で必ず選ばれるようなエンジニアになろう」と決めたのです。
当時の私の目標は極めてシンプルで、「彼が思い描くビジョンを、どのような領域であっても必ず形にする」ということ。それが自分の果たすべき責務であると考え、広い意味での『形にする力』を徹底的に磨くことにしました。
C言語未経験からハードウェア開発の修羅場へ
── その後、前職となる株式会社ビットキーの立ち上げ期にVPoEとして参画したと聞いておりますが、当時の業務はいかがでしたか。

肩書きはVPoEでしたが、最初の2年ほどは実質CTOとして、技術責任者に求められる役割全般を現場で担っていました。その後、組織が大きくなるにつれてマネジメント主体の業務へと移行していきました。
そうした激動の立ち上げ期の中でも、振り返ってみて特に困難を極めたのが、初期のハードウェア開発でした。
修正をわずかな時間で反映できる柔軟な「ソフトウェア」に対して、「ハードウェア」は部品調達、基板、金型、パッケージ用の箱にいたるまで、すべての部材が揃わなければ次の工程へ進めません。発注から完成までのリードタイムが非常に長く、ソフトウェアとは比較にならない難しさがありました。
さらに当時は、ハードウェア開発において大きなトラブルにも直面しました。チーム内での認識の相違から、ファームウェアの開発がまったく進んでいないことが直前で発覚したんです。結局、C言語すら書いたことがなかった私がその責任を急遽引き受けることになり、これが最も苦労した経験となりました。
── そうした「やったことがない未知の難題」に対しても、恐れずに突き進んで形にできたのはなぜなのでしょうか。
「絶対にできる」と信じる力だと思います。世界の誰かにできるのであれば、自分にできないはずがないと考えています。「自分には無理かもしれない」と思いながら解決策を練るよりも、「これは絶対にできるはずだ。ではどうするか」と考えるスタンスの方が、結果に圧倒的な差が出ると実感しています。
「価値の面積」を最大化する。QAのプロと組んでSaaSスタートアップを起業した理由
── 現在の株式会社Deep Grooveを設立するまでの経緯と、展開されている事業についてお聞かせください。

前職のビットキーに5〜6年ほど在籍した後、2025年1月に現在の株式会社Deep Grooveを立ち上げました。会社を設立した理由は「市場のニーズをプロダクトとして具現化し、事業を成立させる」という私のスタンスを、より多くの組織や製品開発において再現できるように支援したいと考えたからです。
エンジニアの職務とは、本質的に「価値を創出し、市場に届けること」だと思っています。製品の誕生から寿命を迎えるまでのタイムラインにおいて、世の中に提供できる価値の総和を私たちは「価値の面積」と呼んでおり、この面積を最大化することを目指しています。
具体的には、いつ、どのタイミングでどんな価値が出るのかという全体像を可視化し、開発計画をビジネス側(営業やカスタマーサクセス)の目線と論理的に結びつけています。これにより、市場のニーズを汲み取った開発と、ビジネス側が足並みを揃えた提案が可能になります。現在は、このプロセスを仕組み化して再現するためのSaaS開発とサービスを提供しています。
また、この会社を設立するきっかけとして、Deep Groove共同代表である森匡史との出会いが大きく関わっています。ビットキー時代、私が開発で死に物狂いだった頃、品質保証のパートナーとして支えてくれたのが森のチームでした。
彼らは単にテストを行うだけでなく、常に「顧客にとっての真の価値」に主眼を置いて問題解決を提案してくれる存在でした。ある日のミーティングで、彼らのチームのエンジニアが「現在の挙動よりも、このように変更した方がお客様にとって使いやすいと思います」と提案してくれたことがあります。開発に没頭するあまり視野狭窄に陥りがちな私たちのバイアスを突く、非常に本質的な指摘でした。
森が率いる「品質保証の知見」と、私の「プロダクト開発の知見」。この二つを組み合わせれば、当時体験した理想的な開発体験を他社でも再現できる。そう確信したことが会社設立の動機です。
経営陣のビジョンをロードマップへ落とし込み、「開発の意味」を可視化する
── 森さんとの理想的な開発体験から、現在の自社プロダクト(SaaS)が生まれたのですね。ただ、そうした「価値に主眼を置いたものづくり」というビジョンを他社に提案した際、市場の反応はいかがですか?
正直なところ、まだ難しさを感じています。この考え方はともすれば「綺麗事」や「机上の空論」として受け取られがちです。理屈は分かっても、明確なROI(投資対効果)が見えなければ、お客様もお金をかけて導入するという意思決定には至りません。
そのため、まずは「これを導入すれば日々の開発管理が少し楽になる、プロセスがスムーズになる」といった、手近で具体的なメリットから体感していただくようにしています。そうして実際に使ってもらうなかで、「実はこの全体のサイクルが、非常に理にかなっているんだ」と徐々に気づいてもらえるようなアプローチを進めています。
── まずは現場の「使いやすさ」から入ってもらうのですね。その先にある、山本さんが製品を通して解決したい一番の課題とは何なのでしょうか。
私たちが最優先しているのは、経営陣の頭の中にあるビジョンを、具体的な階段としての「価値のロードマップ」へ落とし込み、再現可能なシステムにすることです。
実は、1年から3年先のロードマップが「四半期単位でお客様の課題をどう解決していくか」という観点で、論理的に整理されている企業はほとんどありません。CEOやCPOの頭の中にビジョンはあっても、その世界観へ至るための具体的な階段の登り方が、体系立てて表現されていないことが多いんです。
例えばハードウェア開発の現場では、メカ、電気、ファームウェアという異なる領域の営みが、特定の目標に向かって足並みを揃え、一点に調和(オーケストレーション)しなければ、製品そのものがリリースできません。ソフトウェア開発でも全く同じで、個々の要素を調和させて、「今四半期でこの課題がどう解決されるか」を可視化する管理体制が不可欠です。
── なぜ、そこまで「今やっている開発の意味」を可視化することにこだわるのですか?
エンジニアのモチベーションを高めるためには、この「意味の定義」が絶対に必要だからです。
これは私の持論ですが、エンジニアが作った機能の約7割は、最終的に顧客に使われないものだと思っています。それでも、「これは何のために作っているのか」という問いに常に答えられなければなりません。たとえ使われない機能でも「大口顧客向けのデモに一時的に必要なんだ」と納得できていれば、それは立派な価値になります。
もし目的意識が曖昧なまま開発が続くと、優秀なエンジニアほど自分の仕事に意味を感じられなくなり、離職に繋がってしまいます。だからこそ、私たちの製品を通じて開発の意味を全員が納得でき、ビジネス側(営業やCS)とも目線を合わせて行動できる健全な組織づくりをサポートしたいと考えています。
スキルを磨いたその先へ。人生を面白くする「仲間」を探しにいこう
── 最後に、読者であるITエンジニアに向けて、これからの時代をどう生き抜くべきかアドバイスをお願いします。

このメインの読者は、経験3年以上の「中堅エンジニア」だと伺っていますが、この業界で最初の3年間を生き残れたのであれば、私から見れば何の心配もいりません。真面目にものづくりと向き合っていけば、市場価値は自然と高まり、5〜6年経験を積めばチームを率いるリーダー層へと着実にステップアップしていけます。
その上でアドバイスしたいのは、キャリアの選択において、技術やプロダクトの内容(何をやるか)以上に、「誰とやるか」を大切にしてほしいということです。
扱う技術スタックや業界は事前に調査できますが、「誰と働くか」という人間関係だけは、実際に入ってみるまで分からない不確実性があります。だからこそ、価値観を共有でき、「この人と一緒に面白いものづくりをしたい」と思える信頼できる仲間を探すことに、ぜひ時間を使ってください。
それは会社の転職に限らず、勉強会やコミュニティといった社外の繋がりでも構いません。一生食べていけるだけのスキルが身についたなら、あとは人生を豊かにしてくれる「人との縁」を築くこと。そうして見つかった仲間は、エンジニア人生における一生の宝になるはずです。
── 貴重なお話をありがとうございました。それでは、次回の取材対象者をご紹介いただけますか。
猪俣貴裕さんをご紹介します。問題解決のためにあらゆる方法を考えるスタンスがとても優れた方で、自身のオフショア開発も含めたエンジニアリングの経験から、より多くの方に製品開発というソリューションを届けるためにゼロからチャレンジしている姿勢に勇気を与えられます。
(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/ 編集:TECH Street編集部)



