
こんにちは!TECH Street編集部です。
連載企画「テック・ディスカバリー」の第6弾をお届けします。
今回は、HENNGE株式会社(へんげ)の代表取締役社⻑CEO 小椋 一宏氏に、ITテクノロジー分野で戦い抜くための組織知見を伺いました。エンジニア組織のメンバーの8割を外国籍とし、公用語を英語化した同社の決断。それは人材確保のためだけではなく、「技術の一次情報を最速で掴むための構造改革」でした。多国籍組織がもたらす「変化の加速」と、不確実な時代を生き抜くためのスタンスなど、エンジニアリングマネジメントの本質に迫ります。
※記事公開時(2026年6月時点)の内容を記載しています。

小椋 一宏 氏
HENNGE株式会社
代表取締役社⻑CEO
1975年、東京都杉並区出身。一橋大学経済学部に入学。大学3年生だった1996年、学生や社会人で「HENNGE」の前身「ホライズン・デジタル・エンタープライズ」を起業。1997年に株式会社化、代表取締役社長に就任。2025年までは上場企業では珍しいとされる、代表取締役社長とCTOを兼任していた。「日本の企業としてグローバル化を目指す」という思いで、日々和装で過ごす。
- 技術の「一次情報」にアクセスできない損失──英語公用語化の狙い
- 「察してくれ」は通用しない。衝突と痛みを経て確立した「HENNGE WAY」
- ダイバーシティがもたらす副産物──「変化すること」のコストが下がる
- 生成AI時代へのスタンスと、あえて「失敗作」を歓迎する文化
- 集合知を最大化する「HENNGE WAY」:情熱が役職を凌駕する組織の作り方
- 「100年続く解放装置」を目指して。目指すべきはロードマップの先にある役割
──まずはHENNGEの歩みと、現在掲げられているミッションについてお聞かせください。
小椋: 私は1996年、21歳の時にHENNGEを設立しました。これまで何度か倒産の危機に直面するなど厳しい時代もありましたが、大きな転換点となったのは、2011年に発生した東日本大震災の経験でした。
震災により多くの人々が物理的に出社することが困難になり、 「場所を問わずに働けるクラウドを使いたい」という強いニーズが生まれました。一方で、企業にはセキュリティへの根強い不安もありました。私たちが培ってきたソフトウェアの知見でその不安を解消できると考え、現在の主力であるSaaSビジネス(HENNGE One)へと大きく舵を切ったのです。
私たちの根底にあるのは「テクノロジーの解放」という理念です。最新のテクノロジーはBtoCの世界では即座に人々に届きますが、BtoBの世界には依然として取り残されている価値が多くあります。その「果実(最新のテクノロジーによる恩恵)」を企業へ届けるのが私たちの役割です。創業から30年近く経ち、ようやくこの価値提供を単発の製品で終わらせるのではなく、100年先まで拡大再生産し続ける「仕組み」として考えられる段階にきたと実感しています。
技術の「一次情報」にアクセスできない損失──英語公用語化の狙い
──HENNGEの開発組織は、現在約8割が外国籍のメンバーだと伺いました。この大胆な舵切りにはどのような背景や理由があったのでしょうか。

私たちが2013年頃から外国籍エンジニアの採用を始め、社内公用語を英語へと切り替えた背景には、大きく二つの理由があります。
一つは、当時の深刻な採用難という極めて現実的な問題です。BtoB企業ゆえに目立ちにくく、生存戦略を考えたとき、必然的に視線は「日本国外の市場」へと向きました。
そしてもう一つ、より本質的な理由が、クラウドシフトによる「技術の賞味期限」の劇的な短縮です。2010年頃を境に、世界の最新技術は英語でリアルタイムに議論され、アップデートされるようになりました。 かつてのパッケージソフトの時代であれば、数ヶ月後に日本語訳が出るのを待ってから導入しても、実務上の問題はほとんどありませんでした。しかし、日々進化を続けるクラウドの世界において、その数ヶ月のタイムラグは致命的なロスになります。
インド、中国、欧米などのエンジニアが英語で生み出す最新機能の一次情報に直接アクセスし、その場で議論に加われなければ、グローバルな技術競争から取り残されてしまう。 つまり、「採用難の打開」と同時に、「技術へのアクセス速度を世界標準に合わせること」こそが、私たちが英語公用語化を決断した大きな狙いでした。
──世界中から人を集めるというのは、想像以上に難しいことだと思いますが、どのように突破されたのですか?
実は「日本で働きたい」という層が世界中に驚くほどいたことが、とても大きな発見でした。彼らは日本のアニメやゲームなどのサブカルチャーを通じて、日本や東京という街に強い憧れを持っていたのです。
また、私たちは世界中で優れたIT人材を輩出している大学に直接出向き、ビラを配ることから始めました。言語の不安や、日本の長時間労働文化への懸念を払拭するため、渡航費・滞在費を全額負担する6週間のインターンシップ「Global Internship Program」を用意しました。実際に東京で働き、私たちの健全な職場環境と本気の英語公用語化を肌で感じてもらう。この実体験の提供が、現在の約200の国と地域からのインターン応募に繋がっています。
「察してくれ」は通用しない。衝突と痛みを経て確立した「HENNGE WAY」
──多様なバックグラウンドを持つ組織を運営する上で、どのような壁がありましたか?

言語以上に高かったのが「文化の壁」です。日本には「察すること」を前提としたハイコンテクストなコミュニケーション文化がありますが、多国籍チームではそれがうまく機能しないことがあります。過去にはコミュニケーションの齟齬から、「日本人のメンバーだけで決めている」という不信感を生んでしまい、チームの信頼関係に影響が出たこともありました。
そこで私たちは、ローコンテクスト(明示的な対話)を前提とした行動指針「HENNGE WAY」を定義しました。「Be a learnaholic(好奇心あふれる学びの中毒者であろう。)」「Love technology(テクノロジーを愛し、使おう。)」といった、HENNGEで大切にしたい共通の価値観を絶対的な基準として置いたのです。

ここで重要な知見は、「多様性」を無条件に受け入れるのではなく、「絶対に譲れない共通項」を明確にし、それ以外を徹底的に自由にすることです。共通の指針があるからこそ、異なるバックグラウンドを持つメンバー同士が「自分たちはなぜここにいるのか」を疑わずに、最短距離で課題解決に向かえるようになります。
ダイバーシティがもたらす副産物──「変化すること」のコストが下がる
──ダイバーシティが浸透したことで、組織のエンジニアリング文化にどのような変化やメリットがありましたか?

最大のメリットは、「変化し続けること」が組織の日常になったことです。
同質性の高いグループでは「出る杭は打たれる」という力学が働きやすく、他者と違う挑戦をすることに心理的なブレーキがかかりがちです。しかし、多国籍なメンバーが集まる組織では、「他者と違うこと」が前提になります。一人ひとりがバラバラであることが当たり前になると、表面的な違いや周囲の視線を気にしている余裕がなくなるのです。
そうなると、意識は自然と「HENNGE WAY」という共通の価値観に向かいます。この核となる一点さえ共有できていれば、あとのアプローチは自由でいい。誰かが新しい挑戦をして失敗しても、それを肯定的に捉えて学びに変えるサイクルが自然と回るようになります。

以前はトップが叫ばなければ変われなかった組織が、ダイバーシティという構造によって、自律的にアップデートし続ける「自己変革機能」を手に入れた。これは、私たちがグローバル化を進める中で得た、価値ある発見でした。
生成AI時代へのスタンスと、あえて「失敗作」を歓迎する文化
──昨今の生成AIの波には、どのようなスタンスで向き合っていますか。

基本は「テクノロジーを解放する」立場として非常に積極的です。社内では複数のAIモデルを社員が自分の判断で自由に試せる共通基盤を構築しています。
私は、社員がAIを使って「今はまだ使い道が分からないような試作品」を作っていても全く構わないと思っています。たとえそれが「実用性の乏しい実験的なアウトプット」であったとしても、自分たちで実際に手を動かし、「これは期待外れだ」「これは扱いが難しい」といった手触り感のある失敗を経験すること自体に大きな価値があるからです。
お客様が将来直面するかもしれない技術的な落とし穴や課題を、私たちが先に体験しておく。その「学びのプロセス」そのものに投資をしている感覚です。
ただし、経営者としての私のスタンスは「徹底的に日和見をすること」です。これほど激動の時代に、特定の技術一点に固執して依存するのは危険だと感じます。 今はあえて結論を急がず、あらゆる変化をまずは受け入れて試してみる、「何でも食べる」という姿勢を大切にしています。
集合知を最大化する「HENNGE WAY」:情熱が役職を凌駕する組織の作り方
──これほど多様なバックグラウンドを持つ人々が集まると、意見を一つに収束させるのは至難の業ではないでしょうか。

正直に申し上げれば、私たちのやり方は「カオスマネジメント」のような側面があり、プロセスとしては非常に非効率です。軍隊のようなトップダウン構造であれば、リーダーの指示一つで全員を統制できるため、短期的には効率的でしょう。しかし、一人のリーダーがすべてを見通し、常に正解を出し続けられるほど、今の世界は単純ではありません。
私たちは、単独のリーダーシップに頼るのではなく、「あえて非効率さを許容しながらも、集合知を活用する」という道を選びました。これほど不確実な時代においては、多種多様な視点が混ざり合うカオティックな状態からこそ、真に価値のある解が生まれると信じているからです。
──その「集合知」を具体的な成果へと昇華させるための仕組みについて教えてください。
解を見つける主体を、ボス(上司)ではなく、特定の課題に対して「意志」と「パッション」を持つ個人に委ねています。それを支えるのが、行動指針である「HENNGE WAY」に明文化された下記の2つです。
- Lead yourself with passion(自分から動き出そう、情熱をもって。)
- 役職に関わらず、解を見つけたいという情熱がある者がリーダーシップを執ることを推奨しています。情熱がある人は、仕事の時間以外でも無意識にその課題について考え続けてしまうような「執着」を持っています。その状態こそが、難題を突破する「解」を発見できる可能性を飛躍的に高めるからです。
- Help passionate HENNGE people(応援しよう、熱意ある変化人を)
- 一方で、情熱を持って突き進む者が孤立しないよう、周囲がそれを全力でサポートすることを定めています。
これらがあることで、誰の承認が必要かといった官僚的な手続きに時間を割くのではなく、「今、誰が最も情熱を持ってその課題に向き合っているか」を基準に、組織が自律的に動くようになるのです。
「100年続く解放装置」を目指して。目指すべきはロードマップの先にある役割
──最後にHENNGEが目指すべき未来について教えてください。

私はあえて華やかなロードマップを語ることを避けています。私たちの理想は、特定の製品を普及させることではなく、時代に合わせて永続的に機能する「テクノロジー解放装置」であり続けることだからです。
100年後も、テクノロジーの進化とユーザーの理解の間には必ずギャップが生じます。その橋渡しをし続ける役割こそが、私たちのゴールです。
(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)/ 編集:TECH Street編集部)



