
こんにちは!TECH Street編集部です。
今回の「CTOインタビュー」は、AGRIST株式会社の執行役員 CTO清水さんに、技術革新の波にさらされるアグリテック業界の現状と、エンジニアが向き合うべき本質を伺いました。
※この記事は、2026年1月時点の内容を記載しています。

清水 秀樹 氏
AGRIST株式会社
執行役員CTO / VP of Engineering エンジニア統括最高責任者
40歳までSIerとしてのキャリアを積み、主に金融系の事務効率化開発に携わる。新卒から10年間PMとして業務を行い、SIerとしてだけでなくマネージャーとしても活躍。動画や画像解析、AI自社パッケージの製品化から、フリーランスとしてスマホアプリを製作を経てAGRISTへ入社。AGRISTではAIエンジニア兼PMとして活躍中。
- 「10通りの正解」に立ち向かう汎用化の壁
- エンジニアは「AIの進化」とどう向き合うべきか?
- 清水さんの設計思想の根幹
- 「技術の総合格闘技」としての農業DX
- 未完成ゆえの醍醐味
- 100年先も持続可能な農業をデザインする
ーーまずは、アグリテック業界の現状と定義について教えてください。

清水: アグリテックの基本的なコンセプトは、「農業が抱える課題をテクノロジーで解決すること」に尽きます。背景にあるのは、深刻な人手不足と持続可能性の危機です。これまで日本の農業を支えてきた「経験と勘」という属人的な知恵が、後継者不足によって途絶えようとしています。このままでは農業が継続できないという危機感が、テクノロジー導入の強力な呼び水となりました。
かつては、多額の投資が必要な大規模施設園芸などが中心で、参入障壁が非常に高いものでした。数兆円規模の資本を持つ企業が大型の施設を手がけるのが主流でしたが、2010年代後半からその構造が劇的に変化しました。2018年頃、AIの普及と「ラズベリーパイ( Raspberry Pi )」のような安価な小型マイコン、高精度なセンサーの登場が重なったのです。これにより、スタートアップや個人レベルでも、高度なデータ収集や制御システムを開発できる「民主化」が起こりました。
現在、私たちが手がける収穫ロボットだけでなく、ドローンによる農薬散布、衛星データを用いた土壌分析など、生産から流通、販売までを包括した広大なマーケットが形成されています。
「10通りの正解」に立ち向かう汎用化の壁
ーーアグリテックの導入は、現場(農家)ではスムーズに進んでいるのでしょうか。
清水: 正直に申し上げれば、業界全体が一気に変化するまでには至っていません。 最大の壁は「農業の多様性」です。10人の農家さんがいれば、10通りの栽培方法があります。うねの幅、ハウスの高さ、枝の誘引方法まで、すべてが異なるため、工業製品のような一律のパッケージ化が非常に難しいのです。「隣の畑で動くロボットが、自分の畑では使えない」という事態が日常的に起こります。
また、農業は「生活がかかっている」産業です。新しいシステムを導入して1年失敗すれば、その年の収入がゼロになるリスクを伴います。特に伝統的な手法を守る層には心理的ハードルが高い。一方で、50歳以下の若い世代を中心に、スマホで土壌データを確認したり、灌水を自動化したりといったスモールなDXから着実に浸透し始めているのも事実です。
エンジニアは「AIの進化」とどう向き合うべきか?
ーー開発者の視点から、今最も注目している技術動向は何でしょうか。

清水: やはりAI、特にマルチモーダルな生成AIの進化スピードには、開発者として畏怖の念すら抱いています。 かつて、作物の病害虫を判別するAIを作ろうと思えば、膨大な画像データを収集し、アノテーションを行い、モデルを学習させる必要がありました。しかし今や、ChatGPTのようなAIに現場の写真を送るだけで、即座に「これは〇〇の病気なので、この肥料を増やすべきです」という80点以上の回答が返ってきます。
マイクロソフトやAWS、Googleといったプラットフォームが新機能を一つ出すだけで、エンジニアが1年かけて積み上げた開発が無駄になる、あるいは一瞬で置き換えられてしまう可能性がある。これが今のリアリティです。
ーーそのような環境下で、エンジニアの「価値」はどこにシフトしていくのでしょうか。
清水: 「モデルを作ること」そのものの重要性は相対的に下がっていくでしょう。それよりも、AIが導き出した高度な分析結果を、いかに現場の農家さんが「使いやすい」と感じるUI/UXに落とし込むか。そこにエンジニアの知恵を絞るべきだと思います。
農家さんは現場での実作業が中心であり、最新ガジェットを使いこなすことが本業のオフィスワーカーとは環境が異なります。どんなに高度なアルゴリズムを積んでいても、操作が少しでも複雑なら二度と使ってもらえません。技術の素晴らしさとは、複雑な事象をシンプルにし、簡単な体験を提供することにあるはずです。
清水さんの設計思想の根幹
ーー清水さんの設計思想について伺いたいのですが、「引き算の美学」を大切にされているそうですね。

清水: 私は製品から「確認ボタン」を徹底的に排除したいと考えています。ボタンを増やす、あるいは確認を求めるということは、システムの判断を放棄してユーザーに責任を押し付けているのと同じです。
これは、あらゆる例外処理をユーザーに委ねることで汎用性を持たせているからですが、本来、センサーが環境を正しく読み取っていれば、冷房か暖房か、何度に設定すべきかをシステムが自動判断し、ボタンは1つで済むはずです。
この思想はロボット開発にも反映されています。開発メンバーから「スタックした時のためにジョイスティック(手動操作)を付けたい」という提案が出ることがありますが、私は反対します。ジョイスティックを付ける前に、「スタックしないソフトウェア」を追求すべきだからです。機能を足せば部品が増え、部品が増えれば故障率が上がります。現場でのメンテナンス負荷を最小限にするためにも、ソフトウェアで複雑さを飲み込み、表面上は極限までシンプルにする。それが私たちのエンジニアリングの矜持です。
「技術の総合格闘技」としての農業DX
ーーアグリテックでの開発は、エンジニアにとってどのような面白さがありますか?

清水: まさに「技術の総合格闘技」である点です。 収穫ロボット一つとっても、物理的なハードウェア、それを制御する電気回路、通信、画像認識AI、そしてそれらをスマホで操作するためのクラウド連携まで、あらゆるレイヤーの技術が必要です。
これまでは「データを取って終わり」という企業が多かったのですが、私たちはその先を見据えています。ロボットが稼働することで、収穫量だけでなく、温湿度、CO2、日射量、さらには現場の画像データが蓄積されます。これらをAIに流し込めば、「このタイミングでこの作業をすれば収量が最大化する」という具体的な経営アドバイスが可能になります。経験の浅い新規就農者でも、ベテラン並みの成果を出せる。そんな「成功を再現可能にするプラットフォーム」を作ることができるのです。
未完成ゆえの醍醐味
ーー清水さんご自身、金融系SIerから転職されていますが、キャリアの観点ではどう感じていますか?
清水: 金融の世界は極めて高い堅牢性が求められ、完成されたルールをミスなく運用することが最大の価値でした。一方で、農業はまだデジタル化の「空白地帯」です。自分が思いついた機能が、翌日には畑で動いている。そしてそれがうまくいけば、世界中の農家が使うデファクトスタンダードになるかもしれない。物作りが純粋に好きで、誰かの役に立ちたいと願うエンジニアにとって、これほど「手応え」のある現場はありません。
残念ながら、農業界はこれまでエンジニアを呼び込む努力が足りませんでした。ウェブサイトすらない農家さんが多い中で、エンジニアがリーチする機会がなかった。しかし、私たちが情報発信を続けることで、少しずつ多様なバックグラウンドを持つ技術者が集まり始めています。
100年先も持続可能な農業をデザインする
ーー最後に、今後の展望とミッションについてお聞かせください。
清水: 私たちが目指すのは、「100年先も持続可能な農業」です。今のままでは、物理的に日本の農業はなくなってしまいます。 それを食い止めるには、農業のイメージを根本から変えなければなりません。「大変、きつい、稼げない」という負のイメージを、テクノロジーによって「かっこいい、スマート、頑張った分だけ稼げる」ものへと再構築するのです。
私たちのロボットは、単なる省力化ツールではありません。農業の参入ハードルを下げ、次世代を呼び込むための「希望」でありたい。子供たちが「将来は農業ロボットを操って稼ぎたい」と夢見るような世界を、私たちは本気で作ろうとしています。
変化の激しい時代ですが、だからこそエンジニアの皆さんには、この「未完成なフィールド」に飛び込んできてほしい。不確実な状況を楽しみ、技術で世界をシンプルにしていく。その挑戦の先に、持続可能な未来が待っていると確信しています。
(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:株式会社PalmTrees / 編集:TECH Street編集部)
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