
こんにちは!TECH Street編集部です。
今回の「CTOインタビュー」は、株式会社RightTouchのCTO籔さんに、カスタマーサポート業界の動向や、テクノロジーがもたらす変化についてお聞きしました。
※この記事は、2025年10月時点の内容を記載しています。

籔 悠一 氏
株式会社RightTouch
CTO
2008年にNECに入社し、防衛事業のシステムエンジニアとして従事。その後、エンジニアとしてベンチャー企業を2社経て、2019年11月にプレイドに入社。新しいサイト運営体験を実現する「KARTE Blocks」の開発に従事。現在は、プレイド初の子会社設立となる株式会社RightTouchの一人目エンジニア兼CTOとして入社し、RightTouchの1つめのプロダクトであるQANT Web(旧:RightSupport)の設計・開発から、現在展開している全QANTシリーズの設計・開発に携わる。
- “コストセンター”ではなく“価値創造の場”へ──テクノロジーが変える顧客体験の新基盤
- AI時代のカスタマーサポートに問われるのは、“技術を見る目”
- カスタマーサポート業界の技術的課題
- サポートインフラを支えるCTOとしての役割
- 人を煩わしさから解放するテクノロジーを。
“コストセンター”ではなく“価値創造の場”へ──テクノロジーが変える顧客体験の新基盤
――まずは、カスタマーサポート業界について教えてください。

籔:「カスタマーサポート」と聞くと、多くの方がまず思い浮かべるのはコンタクトセンターでしょう。電話口でお客様からの問い合わせや苦情に対応するオペレーターの姿を想像される方が多いと思います。確かに、それはカスタマーサポートを構成する重要な業務の一つです。
しかし、業界全体を俯瞰してみると、電話応対や、近年増えているチャット応対(ノンボイス業務)にとどまらず、さらに幅広い領域が含まれています。オペレーターを支える管理者層や、業務を支援する企画部門など、さまざまな職種が連携して成り立っているのです。つまり、単なる応対業務にとどまらず、その裏側にある運用・改善・分析といった業務全体を含めてカスタマーサポート部門の業務になっています。
また、近年はコンタクトセンター以外のチャネルも重要性を増しています。たとえば、お客様がWebサイトのFAQを見て自己解決を図るケースが増え、こうしたFAQコンテンツの企画・制作やサイト上での表示管理などを担う「Webサポート業務」も、カスタマーサポートに含まれるようになってきています。
さらに、その後方の支援を担うのが企画・分析部門です。Webの閲覧データやコンタクトセンターでの応対履歴を分析し、業務効率化や顧客満足度向上の施策を立案・実行しています。
このように、カスタマーサポート業界は“電話対応”のイメージを超えて、データ分析やコンテンツ企画など多岐にわたる領域が連携しながら成り立っており、非常に広く奥行きのある業界なのです。
――テクノロジーの観点から見ると、どのような企業がプレイヤーとして存在しているのでしょうか。
特定の機能や領域に特化したソリューションを提供する企業が多いです。
たとえば、最近ではWebサイト上でよく目にする「チャットボット」がその代表例です。従来の単語検索とは異なり、利用者が自然な文章で質問を入力すると、FAQから最適な回答を提示します。こうしたチャットボットの開発・提供を専門とする企業は、国内外に数多く存在しています。
一方、コンタクトセンターの裏側にも、さまざまな先端技術が導入されています。たとえば、オペレーターとお客様の会話をリアルタイムで文字起こしし、その内容をもとにAIが「お客様はこのような情報を求めているのではないか」といった提案をオペレーターに提示する支援ツールも登場しています。
このように、カスタマーサポートの現場では、音声認識・自然言語処理・データ分析といった複数のテクノロジーが組み合わさって活用されています。
ただし、現状ではそれぞれの領域で独立したソリューションを提供する企業が多く、カスタマーサポート全体を統合的に支える仕組みを提供している企業はまだ多くありません。
私たちは、まさにその「統合」の部分――個々のソリューションを単につなぎ合わせるのではなく、全体として最適化し、カスタマーサポートの基盤(サポートインフラ)を支えること――に価値を見いだしています。トータルで提供することによってこそ実現できる新しい体験と業務効率化を目指しているのです。
――カスタマーサポートをテクノロジーで変革する動きが、今まさに盛り上がっているように感じます。
まさにその通りで、いま業界全体が大きく動き始めています。特にLLM(大規模言語モデル)の登場によって、カスタマーサポートは新しいテクノロジーとの親和性が非常に高い分野として注目されています。こうした技術の進化が、業界の変革をさらに加速させていると感じます。
一方で、企業によって取り組みの“温度差”があるのも事実です。その背景には、そもそも企業がカスタマーサポートをどのように位置づけているかという意識の違いがあります。
たとえば、「カスタマーサポートの質を高めることが顧客体験の向上につながり、結果として事業成長にも寄与する」と考える企業は、積極的にテクノロジーへの投資を進めています。
しかし、依然として多くの企業では、カスタマーサポートを“コストセンター”として捉え、「いかにコストを削減するか」という発想で運営しているケースが少なくありません。
その違いはKPIの設定にも表れます。たとえば「平均応答時間の短縮」など効率性を重視する指標だけに注力すると、顧客体験の向上という本来の目的が置き去りになりがちです。極端な話、Webサイトから問い合わせ窓口のリンクをなくせば電話は減り、見かけ上のコストは下がります。しかし、それでは顧客満足は損なわれてしまう。このように、カスタマーサポートを“コスト削減の対象”とみるか、“価値創造の場”とみるかによって、企業の取り組み姿勢や成果には大きな差が生まれているのが現状です。
――貴社が描く「サポートインフラ」の理想像とは、どのようなものなのでしょうか。
現在、カスタマーサポート業界ではさまざまな領域にテクノロジーが導入され始めています。
先程もお伝えした通り、特定の機能に特化した“ピンポイントソリューション”が多く、もちろんそれらは重要ですが、それだけでは真の意味で顧客体験を向上させることはできません。なぜなら、質の高いサポートを実現するためには、業務の裏側に存在する多様なデータを統合的に活用することが不可欠だからです。
たとえば、お客様がどのWebページを閲覧し、どのような経緯で問い合わせに至ったのかといった行動データ。過去のオペレーターとの会話データ。そして、オペレーターが参照する社内ナレッジ――これらを横断的に分析することで初めて、真の課題を特定し、顧客体験を根本から改善することができます。
しかし現状では、個別ソリューションごとにデータが分断されており、全体を俯瞰して活用することが難しいのが実情です。
そこで私たちは「サポートインフラ」という形で、カスタマーサポート全体を包括的に支える基盤を構築し、あらゆるデータを統合的に活用できる環境を提供することを目指しています。これこそが、業界全体の品質を底上げするための本質的なアプローチだと考えています。
こうした理念に共感し、いち早く取り組んでいるのが、金融やインフラなど顧客接点がビジネスの生命線となるエンタープライズ企業です。
特にネット証券のように、問い合わせ対応の質が顧客ロイヤリティに直結する業界では、このテーマに対する意識が非常に高いです。たとえばSBI証券様などは、まさに「顧客体験を起点にサービスを共創する」という思想を共有しながら歩んできました。
ただし、業界全体で見れば、こうした企業はまだ一部にとどまっています。多くの企業は依然としてカスタマーサポートを「コストセンター」として捉えており、いわゆるキャズム(普及の壁)を越えられていない段階にあります。
とはいえ、潮流は確実に変わりつつあります。
カスタマーサポート部門は、会社の中で唯一、エンドユーザーと直接対話できる部署です。そして、マーケティングのトレンドが「短期的なコンバージョン獲得」から「長期的なロイヤリティ・LTV向上」へとシフトするなかで、顧客体験の重要性は再び見直され始めています。
こうした変化が進めば進むほど、「顧客体験を支える基盤=サポートインフラ」の価値はより高まっていくはずです。
AI時代のカスタマーサポートに問われるのは、“技術を見る目”
――この業界で働くエンジニアは今、どのようなトピックや変化に注目しているのでしょうか。

やはり、最も大きなトピックはAIの進化です。これはどの業界にも共通するテーマですが、特にカスタマーサポート業界においては、そのインパクトが非常に大きいと感じています。
この領域には、通話のログや応対記録、FAQドキュメントなど、構造化されていない膨大な「非構造化データ」が存在します。これまではこれらを分析・活用することが難しく、眠ったままの資産になっていました。しかし、生成AIの登場によって、曖昧な自然言語を理解し、文脈を踏まえた回答を生成できるようになったことで、これらのデータが一気に“活用可能な情報”へと変わりつつあります。
こうしたAIの進化は、エンジニアにとっても大きな刺激となっています。私たち自身も、自社のサポートインフラにどのようにAIを組み込むかという点に注力しており、様々なトピックに関して積極的に検証を重ねています。
また最近では、顧客企業の経営層から「カスタマーサポート領域にAIを導入せよ」というトップダウンの指示が出るケースも増えてきました。AIを“導入すること”自体が目的化している動きも一部に見られますが、私たちはそこに流されず、「実用性」と「再現性」を重視したAI活用を追求しています。
単なるトレンドではなく、現場の課題を解決し、顧客体験の質を本当に高めるためのAI――それをどう実現するかが、いまこの業界で働くエンジニアにとって最も重要なテーマだと思います。
――AIを導入することで、現在皆さんが感じている課題や現場での戸惑いをどのように解決できるのでしょうか。
カスタマーサポートの現場には実に多様な業務が存在しており、それぞれにAIが貢献できるポイントがあります。その中でも、私たちが現在特に注力しているのが「AIオペレーター」と呼んでいる領域です。これは、オペレーターの業務をすべて置き換えるのではなく、「一部をAIで代替し、人がより価値の高い応対に集中できるようにする」取り組みです。この“部分的な置き換え”という考え方が非常に重要です。
具体的には、たとえば「ボイスボット」と呼ばれる仕組みがあります。これは、お客様からの電話にAIが音声で応答し、自然言語で会話しながら内容を理解し、必要に応じて最適な窓口へ案内する技術です。
ログイン方法の確認やパスワード再発行のように定型的な問い合わせには即座に対応できるほか、マイページに登録された個人情報や利用履歴と連携することで、より文脈に沿った応答やパーソナライズされた提案も可能になります。
たとえば、契約内容や過去の問い合わせ履歴を踏まえて最適な手続きを案内したり、更新時期を先回りしてご案内したりといった対応もAIが担うことができます。
一方で、複雑なトラブルや感情を伴う対応などAIでは難しい場面では、オペレーターが引き継いで丁寧に応対する。こうした“AIと人の最適な分業”を実現するのが、私たちの考えるAIオペレーターの理想像です。
この仕組みが実現すれば、電話が殺到するような状況でも、AIが一次対応を担うことで、オペレーターは本当に人の力が必要な問い合わせに専念できるようになります。
「AIが人の仕事を奪う」というイメージも一部ではありますが、私たちはむしろ、AIによって“人がより本質的な課題解決に集中できる環境”を整えることこそが、本来の価値だと考えています。
――人が担うべき業務と、テクノロジー、すなわちAIで処理できる業務を明確に切り分け、それを基に運用していくということですね。
はい。ChatGPTが登場した当初、「AIがあらゆる業務を置き換えるのではないか」「オペレーターはもう必要なくなるのでは」といった声をよく耳にしました。AIエバンジェリストと呼ばれる方々の中にも、そうした楽観的な見方をしていた人は多かったと思います。
しかし、GPTが登場してすでに2〜3年が経ちますが、現実にはオペレーターの需要は依然として高く、むしろ人手不足が続いています。AIに完全に置き換えようと試みたものの、結果として顧客体験を損ねてしまったケースも少なくありません。
これは、AIそのものの技術的限界というよりも、私たち“使い手”側の受け止め方や信頼感、つまりマインドセットの問題が大きいと感じています。まだ多くの人が「AIに対応されること」へ一定の心理的ハードルを持っています。さらに、心理的ハードル以外にもAIでは解決できない複雑な課題やセキュリティの課題などもあり、私たちは「AIですべてを自動化する」方向ではなく、人とAIがそれぞれの強みを活かし合う形を目指しています。
たとえば、定型的で再現性の高い業務はAIが担い、感情的なやり取りやイレギュラーな対応など、“人にしかできない領域”はオペレーターが対応する。
AIはあくまで人を支援し、全体の体験を底上げするための存在です。結果的に、顧客満足度を保ちながら効率化を実現できる――それが、現時点で最も現実的で持続可能なアプローチだと考えています。
――AIの精度や能力が現状のレベルにとどまっているからこそ、人との共存が必要なのか。それとも、今後AIがさらに進化したとしても、人とAIが共に存在する形は維持されるべきだとお考えでしょうか。
私個人の考えとしては、もしAIがすべての対応を担えるようになるなら、それは非常に理想的なことだと思っています。ですが、社会全体がそれをすぐに受け入れられるかというと、話は別です。
誰もがAIによる応対を望むわけではなく、「人に応対してもらいたい」と考える人は今後も一定数存在し続けるでしょう。その意味で、人によるサポートの価値が完全に失われることはないと考えています。
むしろ将来的には、人が応対するサポートが“より特別なサービス”になる可能性もあります。
現在は電話をかければ無料で人が応対してくれるのが当たり前ですが、今後は基本的な問い合わせはAIが対応し、それでも解決できない場合にのみ、人が有料オプションとして応対する――そんな仕組みが一般的になるかもしれません。
もちろん、これは一つの見方に過ぎません。しかし、もしAIが人間と遜色ないレベルで自然な応対ができるようになれば、そもそも“相手が人間かAIか”を区別する必要すらなくなる可能性があります。
そこまで進化すれば、「AIか、人か」という議論そのものが意味を持たなくなるかもしれません。現時点では、その未来を完全に予測することは難しいですが、いずれそうした時代が訪れる可能性は十分にあると感じています。
――カスタマーサポートという領域に限定して考えれば、必ずしも人が介在することがスタンダードである必要はない、という感覚でしょうか。
そう思います。むしろ、人による応対は“特別な付加価値サービス”として提供される形になっても良いのではないかと考えています。
ただし、どの程度までAIが社会に受け入れられていくのかについては、まだ見通せない部分も多いです。
特にカスタマーサポートは、「正確さ」が非常に重視される領域です。AIには依然として、事実と異なる情報を生成してしまう“ハルシネーション”のリスクがあります。お客様がその誤りを許容できないケースも多く、特に金融分野のように数値の誤差が致命的な結果を招く領域では、AIの導入には慎重にならざるを得ません。
そうした正確性が求められる領域では、今後も人が担う役割は確実に残っていくのだと思います。
カスタマーサポート業界の技術的課題
――籔さんが感じる、カスタマーサポート業界における技術的な課題についてお聞かせください。

AIの進化の波は確実に押し寄せていますが、現状ではそのスピードが社会の期待に完全には追いついていないと感じています。多くの人が描く「AIが人の代わりにすべてのサポート業務を担う未来」と、実際のAIやLLM(大規模言語モデル)の能力との間には、まだギャップがあるのが実情です。
この“期待と現実のずれ”が続けば、どこかのタイミングでAIに対する「幻滅期(ディスイルージョンメント)」が訪れる可能性も否定できません。もちろん、GPTやGeminiといったベースモデルが進化することで、この差は徐々に縮まっていくと思いますが、現時点ではそのギャップをどう埋めるかが大きな課題です。
たとえば2024年は「RAG(Retrieval-Augmented Generation)の年」と呼ばれ、FAQなどの既存情報をもとにAIが最適な回答を生成する仕組みの導入が一気に進みました。
しかし一年が経つと、「RAGでは期待したほどの精度が出なかった」「実運用では限界が見えた」といった声も増えています。結果として、2025年は「エージェント(自律的AI)」への期待が高まりつつあります。
ただ、新しい技術トレンドに次々と飛びつくだけでは、本質的な解決にはつながりません。
重要なのは、その技術が現場にどのような実質的な価値をもたらすのかを冷静に見極めることです。
この“技術と期待のギャップをどう橋渡しするか”こそが、私たちが常に意識し、最も慎重に取り組んでいるテーマのひとつです。
――CTOとして、技術選定や自社戦略を踏まえたうえで、どの技術を導入すべきかを見極めるのは難しい判断だと思います。技術トレンドの変化が激しい中で、どのようにその流れを読み取っているのでしょうか。
目の前で起きている技術の流れを、完全に無視することはできません。
たとえばRAGのトレンドを追いかけたことで得られた知見は、たとえRAGそのものの注目度が下がったとしても、決して無駄にはなりません。実際に得られた経験や知識は、重要なナレッジとして社内に蓄積されていきます。うまくいかなかった取り組みであっても、それ自体が大きな学びになります。
また、「RAGはもう古い」と言われることもありますが、実際には現在でもエージェントシステムの裏側で活用されているケースが多くあります。つまり、最初は汎用的に広がった技術が、時間の経過とともに最も効果的な用途へと“収束”していくのです。
このプロセス全体を外から見ると「幻滅期」に見えるかもしれませんが、私たちからすれば、それは技術が本来あるべき場所に落ち着いていく自然な進化の過程だと捉えています。
ですから、私たちはトレンドを完全に否定することも、盲目的に追いかけることもせず、一定の距離感を保ちながら、本当に必要な技術を見極めて取り入れることを意識しています。新しい波に乗ることは重要ですが、それ以上に大切なのは、その波をどう自分たちの価値に変えていくかだと思います。
一方で、LLMの進化を“読み切る”ことはほぼ不可能です。大まかな方向性は予測できても、その進化のリズムを正確に読むのは極めて難しいのが現状です。
――その冷静な視点は、これまで多くの技術トレンドを経験してきたことによるものなのでしょうか。それとも、新しい技術に対して常に本質を見極めようとする姿勢から生まれているのでしょうか。
その両方だと思います。
この業界に長く携わってきた分、これまでにも似たような技術トレンドの盛衰を何度も経験してきました。そうした経験が、冷静に物事を見る視点を育ててくれたのは確かです。
一方で、どんな新しい技術に対しても“本質を見誤らないようにする”という意識は常に持っています。
たとえば、新しいAIモデルやLLMに触れたとき、「これは本当にすごい」と純粋に感動する自分と、同時に「とはいえ、どこまで再現性があるのか」「どの領域で実用化できるのか」と冷静に分析している自分が、常に同居している感覚があります。
その両方の視点のバランスを保ちながら、最も現実的で価値のある判断を下すことを心がけています。
サポートインフラを支えるCTOとしての役割
――個別のソリューションに特化する企業が多い中で、なぜ貴社は「トータルでサービスを提供する」というスタンスを取るようになったのでしょうか。

確かに、最近では業界内でもトータルソリューションを提供するスタートアップが少しずつ増えてきています。
しかし、私たちは比較的早い段階から「カスタマーサポート全体を一気通貫で支える」という発想を持っていました。もともとは、Webサイト上の行動データを収集・分析する「Webサポート」領域から事業をスタートしました。そこから電話応対などのコールセンター領域へと展開し、プロダクト連携によってソリューションを拡張。多様なデータを統合的に蓄積する仕組みを構築してきました。
この考え方は、一時期注目された「コンパウンドスタートアップ」にも近く、カスタマーサポートのコアデータを自社で押さえることを重視してきた点が特徴です。
近年、他社でもコールセンターの通話ログや顧客対応データといった“現場データ”の価値に注目が集まっていますが、私たちはその重要性を早期から認識し、実際に取り組んできました。その結果、業界内でもいち早くこの領域に着手し、コアデータの蓄積で先行できたことが、現在の大きな強みになっていると考えています。
技術面だけでなく、ビジネス面での強みもあります。
特に、私たちのビジネスチームはエンタープライズ領域での営業力に非常に優れていて、カスタマーサポートの問い合わせ総量を見ても、大手企業の占める割合は圧倒的です。たとえば証券業界では、SBI証券様のような大手が顧客接点の大部分を担っています。
一般的に、スタートアップがこうしたエンタープライズ市場に自社プロダクトを導入するのは容易ではありませんが、当社のビジネスチームはその壁を乗り越え、確実に成果を上げてきました。開発側から見ても非常に頼もしい存在です。
さらに、組織全体としてビジネス部門と開発部門の距離を近づける設計思想を持っています。
会社のバリューとして掲げている「全員プロダクト担当、全員顧客担当」という言葉の通り、プロダクトチームとビジネスチームがワンチームとして連携しています。
お客様の要望を素早くプロダクトに反映し、逆にプロダクトの思想をお客様に伝える――こうした双方向のやり取りが自然にできる関係性ができあがっているのです。
この“連携力”こそが、スタートアップとしての柔軟性を保ちながら、エンタープライズ市場にも対応できる大きな理由のひとつだと思います。
――ご自身が自覚する、この会社でのCTOとしての役割はどのようなものでしょうか。
もちろん、技術選定やプロダクトのアーキテクチャ設計といった“技術領域”に対する責任を負うことは、CTOとしての大前提です。
そのうえで、私が特に重要だと考えているのは、スタートアップでありながら複数のプロダクトを同時に展開しているという部分です。
一般的にスタートアップは、一つのプロダクトを集中して育てていくケースが多いと思います。
しかし当社の場合、複数のプロダクトを抱えており、チームごとに開発を進めています。そのため、プロダクト単位では最適化が進んでも、組織全体としての方向性や戦略との整合性をどう保つかが大きな課題になります。
複数のプロダクト戦略をどう連携させるかを整理し、各チームがバラバラに動かないよう方向性を示していくことが、私の大きな役割のひとつだと考えています。
この部分については、代表の長崎とも密に連携しながら、組織体制そのものを設計しています。
そのため私は、CTOでありながらプロダクトマネージャー的な役割も大きく担っていると感じています。特に、マルチプロダクト戦略を採用しているスタートアップにおいてCPO(Chief Product Officer)が不在の場合、CTOがその役割を補完する必要があります。プロダクト戦略の立案や、複数プロダクトを横断するアーキテクチャ設計、共通基盤の整備といった“仕組みづくり”までを視野に入れて動くこと。
これこそが、当社におけるCTOとしての最も重要なミッションのひとつだと考えています。
――マルチプロダクトをうまく回していくためのポイントについて教えてください。
それは、私自身も知りたいくらいです(笑)。
「これさえやればうまくいく」という明確な正解はおそらく存在せず、その時々の状況に応じて柔軟に考えていくしかないと思っています。
ただ一つ言えるのは、事業戦略や“カスタマーサポートがどうあるべきか”という将来像を、できるだけ具体的に描くことが何より大切だということです。理想像を明確に設定し、そこから外れないように各プロダクトの開発を進めていく必要があります。
もちろん、個々のプロダクトは状況に応じて自由に変化させるべきですが、全体として向かう方向性だけは絶対に見失わないようにする。それが、マルチプロダクトを運営するうえでの基本方針だと考えています。
そして、その将来像を常に意識しながら考え続けること。「このプロダクトは、カスタマーサポートの未来をどう良くするのか?」という問いを持ち続ける姿勢が、最も重要なポイントではないでしょうか。
とはいえ、正直なところ、現在ではプロダクトや機能の数も増え、私一人ですべてを把握するのは難しくなっています。そのため、各プロダクトチームのリーダーやテックリードと密に連携し、それぞれの知見を持ち寄って議論を重ねるようにしています。そうしてチーム全員で全体像を組み上げ、将来のビジョンを共有していく。
決して私一人がすべてを決めて進めているわけではなく、チーム全体で課題を捉え、解決していく“集合知的なアプローチ”こそが、いまのマルチプロダクト体制を支えていると感じています。
人を煩わしさから解放するテクノロジーを。
――「あらゆる人を負の体験から解放し、可能性を引き出す」というミッションに込められた意図と、その実現に向けて挑戦していることを教えてください。

私たちはもともとカスタマーサポート領域から事業をスタートしました。その中で強く感じるのは、この業界には、実に細かい「負の体験」が数多く存在しているということです。
たとえば、FAQページを見ても欲しい答えがなかなか見つからない、長い説明文を読むのが面倒、電話をかけてもつながらない、ようやくつながったと思えば、自動音声で「〇〇の方は1を押してください」といった案内が延々と続き、ようやくオペレーターにたどり着くなど。
本来は「すぐに問題を解決して次の行動に移りたい」と思っているのに、それができない。こうした小さなストレスが積み重なり、生活者の時間と意欲を奪ってしまっています。
私たちのミッションは、まさにこうした“負の体験”を取り除くことにあります。
そして、誰もが「本当にやりたいこと」に集中できる社会を実現する──それが目指す姿です。
その第一歩として、負の体験が多く、かつ私たちのテクノロジーで解決可能な領域である「カスタマーサポート」に注力しているのです。
エンジニアの世界には「ヤクの毛刈り(Yak Shaving)」という言葉があります。
毛の長い動物・ヤクの毛を刈ろうとしたとき、まずナイフを探すところから始まり、見つけたナイフの刃がボロボロで、それを研がなければならない──。本来の目的は“毛を刈ること”なのに、準備や手続きに追われてなかなか本題にたどり着けない、という状況を指します。
これはエンジニアリングに限らず、私たちの日常生活にもあてはまります。
「ある問題を解決したい」と思っても、そのための手続きや前提条件、仕組みの複雑さに時間を奪われ、本来の目的を見失ってしまう。こうした非効率や無駄な手間を減らし、人も企業ももっと創造的な時間に集中できるようにすること──それが、私たちのミッションの本質です。
つまり、テクノロジーの力で“人を煩わしさから解放する”ことが、最終的には人と企業の可能性を最大化する。その思想こそが、私たちの挑戦の原点であり、社会に対して提供していきたい価値なのです。
(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:株式会社PalmTrees / 編集:TECH Street編集部)
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