【三社対談】SmartHR・タイミー・パーソルキャリアのPdMが語る、正解のない領域での戦い方

 

こんにちは!TECH Street編集部です。

連載企画「テック・ディスカバリー」の第2弾をお届けします。

今回は、株式会社SmartHR、株式会社タイミー、パーソルキャリア株式会社でプロダクトを率いる3名のPdMから、戦略的思考、組織文化の作り方、そして「正解のない問い」への向き合い方を深掘りします。

 

※この記事では、2025年8月に実施したディスカッション取材時の内容を記載しています。

 

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Kaoshi 氏

株式会社タイミー

VPoP

鉄道グループ企業でシステム設計・導入を経験後、2014年にリクルート入社。非正規雇用領域の事業やブライダル業界向けBtoBプロダクトの戦略・企画・実行を主導。2021年にベルフェイスへ入社し、執行役員VPoPとしてプロダクト戦略・開発を推進。2023年10月にタイミーへDoPとして参画し、プロダクト組織の運営責任者を務めた後、VPoPに就任し、戦略・戦術の責任者として組織をリード。

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松栄 友希 氏

株式会社SmartHR

タレントマネジメントプロダクト本部 本部長

デザイナー、マーケターなど多様な職種を経てProduct Managerに。「転職ドラフト」やECなど様々なプロダクトの立ち上げ、グロースを担当。XTechグループで創業期からの会社立ち上げも経験。STORES株式会社を経て、2022年12月に株式会社SmartHR入社。タレントマネジメント領域を担当。日本CPO協会理事。

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真崎 豪太 氏

パーソルキャリア株式会社

dodaダイレクト プロダクトマネジメント部 ゼネラルマネジャー

新卒でソフトバンクに入社し、DXプロジェクトマネージャー(PjM)やMysoftbankのプロダクトマネージャー(PdM)を担当。その後、正社員としてAkerun Pro、タクシーアプリGO、メルカリの新規事業のPdMを担当し、フリーランスとしてスタートアップ数社に携わる。2024年よりパーソルキャリアにて「dodaダイレクト」のゼネラルマネジャーを務める。

 

 

 

組織規模とプロダクト開発体制について

――本日はよろしくお願いいたします。まず、現時点での組織全体の規模と、プロダクト開発に携わるメンバーの構成について、それぞれ教えていただけますか?

 

パーソルキャリア株式会社 真崎 豪太 氏

真崎:パーソルキャリアは、社員全体で約7,000名が在籍しています。その中で、プロダクト開発に関わるエンジニアやプロダクトマネージャーを含む組織は、およそ1,000人規模です。

 

他社との大きな違いとして、外部への外注で開発する機会が多い点が挙げられます。一般的にPdMの業務は、社内のエンジニアだけで完結させる内製開発が主流かと思います。しかし、私たちは外部のベンダー様にも協力いただきながら開発を進めるケースが少なくありません。

 

そのため、開発に関わる人数が非常に多くなります。また、プロダクトの数についても、正直なところ正確な数を把握しきれていないほど多岐にわたります。

 

株式会社SmartHR 松栄 友希 氏

 

松栄:SmartHRの状況についてご説明しますと、当社の全社組織は、現在約1,500名弱です。そのうち、開発に携わる人員は350名強ほどになります。

 

プロダクトの数については、どこまでを一つのプロダクトとするかで変わってきますが、人事データベースという大きな基盤が一つあり、その上に、年末調整機能や人事評価機能などが、個別の機能として存在しています。この機能単位で数えると、20ほどあります。

 

株式会社タイミー Kaoshi 氏

Kaoshiタイミーの組織規模についてお話しますと、現在、全社で1,600名弱の規模です。その中で、エンジニアを含めた「ものづくり」に関わるメンバーは、180名から190名程度となっています。

 

プロダクトの数については、非常に特徴的です。中心となっているのは、大きなプロダクトが一つ、そしてそれに次ぐ新たな柱となり得るプロダクトが一つの、合計二つです。

 

私たちのプロダクトの特徴は、特定の業界に特化せず、ホリゾンタル(水平的)に広く展開している点です。一つのプロダクトが持つ性質によって、提供できる価値の範囲が非常に大きいという考え方で、この一つのプロダクトを主軸に成長してきたという経緯があります。

 

 

 

――PdMの役割というのは、プロダクトの数とそれに関わる組織の人数という二つの変数によって変化するのでしょうか?

 

真崎:基本的にはその二つの要素が大きく影響すると考えています。例えば、組織規模が比較的小さい会社や新規事業のフェーズでは、PdMの役割はビジネス領域まで含めて非常に広範になります。一方で私たちのような規模になると、ビジネスサイドとプロダクトサイドの役割は、ある程度明確に分かれている傾向があります。

 

 

松栄:SmartHRのケースでも、担当する領域ごとにPdMの役割や求められるスキルセットに明確な違いがあります。私たちは大きく分けて、労務手続きなどを扱う「労務周辺領域」、人事評価やスキル管理を担う「タレントマネジメント領域」、そしてサービス全体の基盤を支える「プロダクト基盤領域」の三つに分かれています。

 

例えば、労務領域は法律や制度に則って業務をいかに効率化するかが問われるため、まるでパズルを解くように最適なフローを設計する論理的な思考が求められます。

一方でタレントマネジメント領域は、お客様自身もまだ正解を持っていない課題に対して解決策を提示する必要があるため、コンサルティングに近いアプローチが重要になり、ビジネス寄りのスキルが活かされます。

 

そしてプロダクト基盤領域は、専門的な技術力が求められる、まさにテックの中核を担う部署です。このように、どの領域に所属するかによってPdMに求められる能力が異なるため、採用の際にも候補者の方の適性を見極め、最適な部署に配置するようにしています。

 

 

Kaoshi「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングするスキマバイトサービスです。そのため、社内のドメインもいくつかの領域に分かれています。

一つは、ワーカーと事業者のマッチング数、すなわち「トランザクション」を最大化することをミッションとする領域です。ここでは、マッチングのデザインをどう最適化し、サービスの回転率を上げるかという課題に取り組んでいます。

 

もう一つは、SmartHRさんと同様に「労務手続き」に関する領域です。雇用契約の締結や給与の支払いといった、働く上で発生する煩雑な業務を効率化し、事業者の負担を軽減することで、サービスの継続利用を促進します。NSMでいうところのプロダクティビティゲームの特性に近い領域です。

 

そして三つ目が、昨今の社会情勢も踏まえた「安心・安全」を担保する領域です。社会的な責任を果たすため、サービスのガバナンスを強化しています。このように3つのドメインに分かれており、それぞれのドメインの特性に合わせて、PdMの専門性やケイパビリティを考慮して配置を行っています。

 

 

真崎:タイミーさんのお話と似ていますが、パーソルキャリアにもtoC向けのサービスとtoB向けのサービスがあり、それぞれで求められる性質が異なる点は共通しています。

私たちは外部のベンダーに協力いただく機会が多くあります。これは業績に応じて開発リソースを柔軟に調整できるというスケールメリットを享受できる一方、社内に技術的な知見が蓄積しにくいという課題も抱えています。現代のテクノロジー企業においては、優秀な人材を内部に抱え、組織全体で技術力を高めていく内製化がスタンダードとなりつつありますが、私たちはその点ではまだ発展途上にあると認識しております。そのため、現在のPdMには、まずは基本的な共通スキルを持ち、あらゆる方面に対応できる汎用性を優先して求めています。

PdM組織の文化と人材育成

――組織が拡大していく過程で試行錯誤を繰り返しながらPdMの役割を最適化していくように思うのですが、そうした中で、現在の組織文化や体制はどのように形成されてきたのでしょうか。

 

 

松栄:SmartHRの場合は、この規模の会社としては少し珍しいかもしれませんが、非常にボトムアップな文化が根付いています。社内に小さなスタートアップが数多く存在するような組織文化になっている、というイメージです。例えば、個々のプロダクトのロードマップ策定や日々の意思決定は、現場のチームに権限が委譲されています。経営層が示すのは「今期達成すべきテーマ」といった大枠のみで、具体的な戦術は現場で決めます。

 

私のチームのメンバーも同様で、担当するプロダクトの要件定義からデリバリーまで、大きな裁量を持って取り組んでいます。まさに小さなスタートアップの集合体のような形です。私たちが領域を拡大できているのも、この組織文化によるところが大きいです。もちろん完全なスタートアップとは異なり、ある程度の仕組み化はされていますが、その仕組みの上で、新しいプロダクトを次々と生み出しているような感覚に近いですね。

 

これが実現できているのは、ひとえに経営陣の「胆力」だと思います。現場に任せるという意思決定を経営層ができるかどうか、という点に尽きます。細かく口を出したい気持ちを抑え、「ここからはあなたの領域だから任せます」と、ある意味で我慢できるかどうかが鍵です。SmartHRの経営陣はそれを実践してくれています。

 

そういったカルチャー形成の素地は創業当初からあったように思います。創業者が「自分よりできる人がいるなら、その人に任せるべき」という考え方の持ち主だったことが大きいですね。「自分より開発に詳しいPdMが現れたから、その権限は全て渡そう」というスタンスです。このスタンスが開発チームを尊重する文化につながっています。

 

 

真崎:SmartHRさんは創業者がPdMであり、現在の社長も元々CTOでいらっしゃいますから、その点は我々のような歴史のある会社とは成り立ちが大きく異なりますね。

 

 

Kaoshi我々も細かい違いはあれど、根本の思想はSmartHRさん非常に似ていると感じます。タイミーもボトムアップの文化が強く、現在はトップダウンとの最適なバランスを模索しているフェーズではありますが、基本は現場主導です。例えば、先ほどお話しした「トランザクション」のドメインでは、その目標を達成するための具体的なテーマが数多く存在します。私やCPOはプロダクト全体のバックログを管理し、事業収益性やユーザー価値といった観点から優先順位付けは行いますが、一度テーマを現場のチームに渡した後は、その実現方法に細かく介入することはありません。

 

そのテーマを「いつまでに」「どのような要件で」「どう実現するか」という意思決定、さらにはリリースのタイミングも、すべて担当のPdMに委ねられています。我々はあくまで、会社全体の成長につながるかという観点でのガードレールを引くだけで、その中でどう走るかは現場の自主性に任せています。

 

 

 

――PdMの人材育成は、多くの企業にとって大きな課題だと思いますが、マーケット全体の現状を見たときに、PdM人材は不足しているのでしょうか?

 

松栄:マーケット全体で見ると、いわゆる「ジュニアPdM」と呼ばれる層は数多くいますが、「ミドル」や「シニア」といった高い能力を持つ人材になると、その数は極端に少なくなります。

そしてもう一つ難しいのが、プロダクトが増えることによる新たな課題です。昔は自分の担当プロダクトのことだけを考えていれば良かったのですが、今はプロダクト間の連携も考慮しなければなりません。

 

プロダクトが増えてくると、システム間の連携、例えば「こちらで入力したデータをあちらでも見たい」といった要求が出てきます。あるいは、「ABを組み合わせてCを実現したい」というような要望も非常に多くなります。そうなるといわゆる調整が必要になるわけですが、その際には個別の最適化という視点よりも、さらに広い「全社最適」の観点から物事を考えなければなりません。そのためには視座を高く持ち、視野を広げることが求められます。

 

しかし、そのような環境を経験したことのあるPdMは、世の中にほとんど存在しません。スタートアップのプロダクトは数えるほどしかなく、「20ものプロダクト開発と連携に挑戦した経験のあるPdM」というのは、転職市場でまず見つかりません。

そのため、基本的には自社で育てる以外に根本的な解決策はないと思い、情報発信や知見共有、社内教育に力を入れています。

 

 

Kaoshiタイミーの現状としては、体系的でしっかりとした教育や育成の仕組みは、まだ完全には構築できていません。その意味では、組織の成熟度において、まだまだ改善の余地が大いにあると認識しています。

 

私たちの現在のスタンスは、どちらかというと、あえて挑戦的な機会を提供し、まずはその担当者に任せてみるというスタイルです。もちろん、その過程で失敗することもありますが、それも学びの一環として許容しています。そうして、本人が自ら考え、実践する回数を重ねることを通じて成長してもらう、というアプローチを取っています。体系的とは言えませんが、そうした実践の中で経験値を深めてもらうことを重視しています。

 

例えば、ある領域に非常に詳しかったAさんが、まったく新しいチャレンジングな部署に異動する場合もあります。すると、「Aさんが抜けた後の部署はどうなるんだ」という問題が当然生じます。通常のサクセッションプランであれば、後任を育ててからAさんを異動させるのでしょう。しかし私たちは、あえて方針を逆にして、「Aさんはもう異動するから、残ったメンバーで頑張ろう」という、少し脳筋的なスタイルを取ることもあります。これが成立するのは、根底にPdMとの信頼関係があるからです。

 

一方で、もう一つの取り組みとして、体系的な知識のインプットも行っています。例えば、概念の「共通言語化」は強く推進しています。学ぶべき課題図書やフレームワーク、言葉の定義とその意味などについては、PdMやそれに準ずる役割のメンバー間で共通認識を持つように努めています。これにより、対話の中での認識のズレを防いでいます。この実践と体系化という両輪で、現在は育成を進めている状況です。

 

 

真崎:パーソルキャリアにおいては、育成に関しては特殊な面があります。当社には150名ほどのPMに該当する人材がいますが、その多くはWebディレクター出身です。そのため、厳密にはスキルセットが異なり、彼らがPdMへと転換している、というのが現状に近いかもしれません。

 

そのため、プロダクトマネジメントにおける「守破離」で言えば、今はまず「守」、つまり基礎を固める段階にあります。具体的には、kaoshiさんがおっしゃっていたような共通言語の作成や、標準的な業務フローの整備に取り組んでいます。

 

例えば、プロダクト開発を「ディスカバリー」と「デリバリー」という2つのフェーズに分け、「デリバリーの1日目にはこれを、2日目にはこれをやりましょう」といった具合に、かなり細かくプロセスを定義しています。まずはそうした基礎的な部分からしっかりと固め、基礎力を向上させる。そして、その取り組みをまずパイロット部門で試し、うまくいきそうであれば他部署へも展開していくという、非常に地道なアプローチを進めています。その先により多くの打席があり、実践経験を積んでいく段階が待っていると考えています。

 

 

松栄:基本的に企画職というのは、失敗が許されない環境では育ちません。そのためチームをまとめる立場の人間としては、担当してもらっているプロダクト全体をポートフォリオとして捉え、「どのくらいの割合を失敗のバッファーと考えるか」「どの領域であれば失敗を許容できるか」といったことを常に考えながら、メンバーのアサインを決めるようにしています。

 

 

Kaoshi私たちが本当に問題だと考えるのは、「同じ失敗を繰り返すこと」です。未知の領域に挑戦した結果としての失敗は、学びにつながるため許容します。ただし、これは事業ですから、当然ながら会社の収益性や顧客価値といったアウトカムにどう繋がったのかという視点は欠かせません。当初の見立てと結果にどれだけのギャップがあったのか、その要因は何だったのかを分析し、フィードバックを行うことは徹底しています。

「社会を変える力」はあるか?PdMに求められる究極の問い

――現在抱えている課題について教えていただけますでしょうか?

 

 

松栄:細かい課題は無数にありますが、最も大きな課題は「私たちが作っているプロダクトが、本当に社会を変える力を持っているのか?」という問いに、自信を持って答えられるかどうかです。言われたものを作るだけでは、社会は変わりません。WebディレクターとPdMの決定的な違いは、まさにこの「戦略的に物事を考えられるか」という点にあると考えています。

 

今後、AIによって開発自体は容易になるでしょう。そうなると、もし進むべき方向が間違っていれば、不要なものを大量生産してしまうことになりかねません。だからこそ、戦略的な思考ができる人材が必要な人数だけ育っているかどうかが、これまで以上に重要になってくると考えています。

 

 

真崎:私も同感です。社内でも「目標から逆算して考えられているか」という点は、繰り返し問いかけています。「次に進むのはいいけれども、それはどこに向かっているのか」という話をよくするので、この戦略的な思考を組織全体で共有・実践しなければならないと考えています。

 

それに加えて当社特有の課題として、長年蓄積された技術負債の問題があります。自分たちがやりたいことに対して、システム的・組織的に何を解決すべきなのかを、より明確にリストアップしていく必要があると感じています。

次のステージへ進むための思考と挑戦

――事業を次のステージへ進める上で、最も重要視していることや、組織の課題として取り組んでいることは何でしょうか?

 

 

Kaoshiタイミーでは最近、「ラディカルに物事を考える」ことを推奨しています。というのも、私たちはインクリメンタルな改善、つまり既存のものを少しずつ良くしていくことは非常に得意なのですが、事業を次のステージへスケールさせるには、それだけでは不十分だからです。今の私たちに必要なのは小さな改善ではなく、ビジョンとしっかりと結びついた特大のホームランを狙うという「ラディカルさ」です。

 

そのために、ビルドトラップを過度に恐れるべきではない、とも話しています。むしろビルドトラップも承知の上で、とにかく大振りをしてでもホームランを狙いにいく。このような思考の変容こそが、現在のフェーズの私たちにとって最も重要であり、そのためのカルチャーをどう醸成していくかが最大の課題の一つだと考えています。もちろん、成熟期のプロダクトで同じことをすれば問題になりますが、今の私たちは、そうした挑戦をしなければ次の柱を築くことはできません。

 

 

松栄:スタートアップは、常に売上規模の壁に直面しています。だからこそもっとホームランを打たなければならず、たとえ会社が大きくなっても、常に生きるか死ぬかのギリギリの勝負を続けている。それがスタートアップなのだと思います。

 

 

真崎:パーソルキャリアの場合、もともと労働集約型のビジネスが事業の柱としてどっしりと構えており、以前まではデジタルの領域にあまり力を入れられていませんでした。「人を300人雇えば、その分売上が上がる」という、ある意味でシンプルな事業構造だったのです。

 

しかし、競合他社の台頭やAIの進化など、時代は大きく変わりました。そこで、ちょうどこの12年で、「人とデジタルの掛け算でホームランを打つ」という方向へと、会社全体の舵が大きく切られ始めたところです。その意味では、少しずつ皆さんと近い立場になってきているのかもしれません。

 

 

松栄:逆に私たちから見ると、真崎さんの会社のような「人、金、資産」という豊富なリソースを持つ組織が、それらをどう活用して事業を飛躍させるのか、その戦い方は非常に興味深いです。私たちは、人やお金といったリソースが限られているため、テクノロジーの力を最大限に活用して勝負をかけるしかありません。

結局のところ、どの会社も自社が持つ武器を分析し、競合に勝つためにどこに力を注ぐべきかを考えなければいけませんね。

PdMに求められる「再学習」と「先行思考」

――優れたPdMは、どのような環境であっても自分たちの置かれている状況や強みを分析し、それに適した戦い方を見出していくことが必要なのでしょうか。

 

Kaoshiおっしゃる通り、PdMには、会社のフェーズや内外の環境の変化に応じて、自らの成功体験や知識を常に再学習し続ける姿勢が求められます。常に状況をメタ的に捉え、最適な戦略を適用しながら、具体的な実践を通じて学び続ける。そのサイクルを回し続けることが、この役割の核心だと思います。

 

松栄:PdMは、社内の他のどの職種よりも常に一歩先を走っていなければならない存在です。情報収集においても同様です。例えば、AIという新しい技術が登場した際、エンジニアはその実装方法を学びます。しかしPdMはそのさらに先を見据え、「その技術を使って、我々が目指すビジョンをどう実現するか」を先行して考え抜き、開発チームに話す役割を担います。私たちは常に学び続けなければならない職種だと強く感じています。

ユーザーインサイトの獲得について

――Webサービスプロダクトにおいて、ユーザーの声を聞き、ニーズを理解することは非常に重要です。会社の規模の大小によって、ユーザーの声が聞きにくくなることは発生するのでしょうか?

 

 

真崎:その点については、企業の規模による差はあまりないと考えています。結局のところ、ユーザーの声を聞くか、聞かないか、それだけの違いです。これは非常に重要なことで、聞こうと意識して行動しなければ、ユーザーの声は全く聞こえてきません。

 

逆に言えば、意識さえすれば聞きに行くことは可能です。ですから、私たちはその「聞く」という行為を、どう組織として仕組み化し、文化として根付かせるかを重視しています。

 

そうしてユーザーから得た声を基に「こういうものを作ろう」という方向性が決まれば、次は「スクラムで進めるのか、ウォーターフォールか」「予算はどうするのか」といった具体的な実行計画に移っていきます。最近Xで、ユーザーの声を聞かずに開発することを「占い開発」と表現している方がいましたが、まさにその通りで、聞かなければ占いで開発しているようなものになってしまいます。ですから、私たちはユーザーの声を聞くべきだと強く考えています。

 

 

松栄:お客様の声という点では、私たちも頻繁にお客様に会いに行きます。特にto Bビジネスでは、ヒアリングや商談への同席などを通じて、比較的お客様と直接会う機会は多いです。しかし、そこには難しさもあります。

 

例えば私たちのサービスの場合、商談のテーブルについてくださるのは人事部の方々です。しかし、サービスを使って最終的な意思決定をしたいのは経営者であったり、現場の課題を解決したいのは管理職や一般の従業員であったりします。そして、それらの方々が直接ヒアリングの場に出てきてくださる場合多くありません。

 

そのため、目の前にいるお客様だけでなく、その先にいる真のエンドユーザーのことをどこまで深く理解できるか、という点が課題になります。これはまさに私たちの努力にかかっている部分です。さらに、私たちが扱うタレントマネジメントという領域は、「良い人事とは何か」「良い組織とは何か」という問いに対する答えが企業ごとに全く異なる、非常に曖昧な領域です。これは、お客様自身に聞いても明確な答えが得られるわけではありません。お客様である人事の方々も、自社がどうすれば良くなるのか、その答えを探している最中なのです。

 

このような状況ではただ声を聞くだけでなく、私たち自身が「良い組織とはこういうものだ」「だからこの機能が役に立つはずだ」という仮説を立て、定義し、提案していかなければなりません。いわば、答えのない問いに対して、自分たちで答えを作りにいくような物づくりになります。その結果、私たちは世の中のどの人事担当者よりも、人事について深く勉強し、考える必要があるのです

 

 

Kaoshi私たちがユーザーの声を扱う上で最も難しいのは、やはり事業がツーサイドプラットフォームであるという点です。つまり、「ワーカー」と「事業者」という二つのサイドが存在し、両者の声は常にシーソーのような関係にあります。片方にとっての価値が、もう片方にとっての新たな課題を生んでしまう可能性があるのです。

 

そのため、どちらか一方の声に偏るわけにはいかず、両者の利害を両立させる着地点を常に探さなければなりません。時には意図的にバランスを崩してでも、新たな価値を創造しにいく判断も必要になります。

 

幸い、タイミーの仕組みを使えば、ワーカーさんへのインタビューは非常に容易に、数多く実施できる環境が整っています。クライアントである事業者さんにもカジュアルに話を聞かせていただけます。しかし、そこにも階層があり、現場の方と本部の方では視点が異なりますし、ワーカーさんの中にも「今すぐニーズがある人」と「将来的にニーズが出てくる人」がいます。

 

これらの多様なセグメントから得られる情報を統合し、マッチングという領域でどうすれば全体のバランスが取れるのか。これは、正解のない問いであり、私たちは常に実験を繰り返しています。「こちらをこう動かせば、シーソーがこう傾く」といった仮説検証を、ひたすら回し続けている状況です。

モチベーションの源泉:社会を変える「化学反応」を楽しむ好奇心

――ひたすら仮説検証を繰り返すということで、最適解があるわけではないものに対する達成感やモチベーションはどのように保持するものでしょうか。

 

Kaoshi「ビジョンとの距離感」だと思います。私たちが何のために存在し、何を成し遂げたいのかという定性的な目標があり、日々の活動がそのビジョンにどれだけ近づけているか、という感覚がモチベーションの源泉です。数々の実験がたとえ失敗に終わったとしても、そのすべてがビジョンの実現に向けた一歩であると、自分たちで実感できるかどうかが重要です。

 

 

松栄:私たちは正解を探しに行っているのではありません。何か新しいものを投入することで化学反応を起こし、社会をより良い方向に変えていきたい、というのが根本的な動機です。特に人間を扱うタレントマネジメントの領域では、何か一つ仕組みを変えると何らかの人の行動に変化が生まれます。「こちらをこう変えたら、社会がこういう方向に動いた」という変化そのものを観察し、自分たちが行きたい方向に社会を導いていく。そのプロセス自体が非常に面白いです。

 

この仕事をしていると、日常生活そのものがその実践の場となります。例えば、近所のコーヒーショップにいても、「いつもは店員が2人なのに今日は3人だ。あの人は新人かな。新人オンボーディングの時期は人件費が増えるな」など、常に組織や人事の視点で物事を観察しています。これはもはや職業病ですね。(笑)

 

 

真崎:私も地下鉄に乗っていて、車内に貼られた大きなQRコードが気になりました。「このシステムはどうなっているんだろう」と観察すると、上部にカメラがあり、おそらく電車の停車位置を合わせるためのものだと推測しました。そうなると今度は「どこのメーカーの製品だろう」と気になって、つい覗き込んで確認してしまう。そういった日々のプロセスの一つ一つを、楽しめるかどうかが重要だと思います。

 

松栄:PdMはまさに「知的好奇心の塊」のような人たちが多いですね。

PdMのキャリアは「自分がどうありたいか」「世の中にどんな価値を与えたいか」から創り出す

――最後にPdMという職種において、「こうすればなれる」というキャリアパスはあるのでしょうか?

 

Kaoshi確一的なキャリアパスというものは存在しないと考えています。私たちは皆、「誰の、どんな問題を解決するのか」という本質的な問いに向き合っています。

そのための手段が例えば、デザインスキルを活かすことなのか、AIを用いることなのかという違いがあるだけで、根っこは同じです。ですから、「PdMのキャリアパスはこうだ」と一概に言うことは非常に難しいですね。

 

 

真崎:PdMという役職名にこだわらず、最終的に顧客や社会に価値を返すことができれば、手段は何でもいい、というのが本音としてあると思います。もちろん売上も重要ですが、それ以上に顧客への価値を優先する人が多いように感じます。

 

 

松栄:優れたPdMは非常に個性的であり、「こうすればすごくなれる」という決まったキャリアパスは存在しないのではと思っています。キャリアの起点は、「自分がどうなりたいか」「世の中にどのような価値を返したいか」という問いです。その実現手段として、マネジメント、技術の専門家、事業責任者など、自ら道を探していくことが求められると思います。PdMを目指す皆さんには、「世の中をどう変えたいのか」という大きな問いを自ら立て、その答えを創り出すための道筋を、粘り強く探求し続けてほしいと思います。

 

 


以上が株式会社SmartHR、株式会社タイミー、パーソルキャリア株式会社 3名のPdMによるディスカションインタビューでした。
ありがとうございました!

(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:株式会社PalmTrees / 編集:TECH Street編集部)

 

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