【連載28】“空飛クルマ”で誰もが空を走る自由へ、SkyDrive CTO岸氏が目指す未来のモビリティ

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こんにちは!TECH Street編集部です。

前回、キャディ株式会社 CTO 小橋 昭文さんにインタビューをしましたが、今回は連載企画「ストリートインタビュー」の第28弾をお届けします。

「ストリートインタビュー」とは

TECH Streetコミュニティメンバーが“今、気になるヒト”をリレー形式でつなぐインタビュー企画です。

企画ルール:
・インタビュー対象には必ず次のインタビュー対象を指定していただきます。
・指定するインタビュー対象は以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている方です。

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“今気になるヒト”小橋さんからのバトンを受け取ったのは、株式会社SkyDrive取締役 CTO岸信夫さん。

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岸 信夫 Nobuo Kishi /株式会社SkyDrive 取締役CTO
大阪府立大学工学部卒業。三菱重工、三菱航空機にて戦闘機、旅客機などの開発に37年間従事。この間先進技術実証機プロジェクトマネージャ、MRJ(Mitsubishi SpaceJet)のチーフエンジニア、技術担当副社長を歴任。2018年から大阪府立大学大学院でシステムインテグレーション、プロジェクトマネージメントを研究。2020年4月より現職。2021年9月博士(工学)取得。


――ご紹介をいただいた小橋様から『岸さんは三菱重工、三菱航空機にて、プロジェクトマネージャー、チーフエンジニア、技術担当副社長を歴任され、物理からソフトウェアモノづくりまで、幅広い経験お持ちです。世界水準のエンジニアリング・マネジメントについてのお話しに興味があります』と推薦の御言葉を頂いております。まずは、現在の岸様を形作る原体験をお聞かせください。

岸氏:「いつから飛行機にかかわる仕事をやりたかったんですか?」と、よく聞かれますが、思い返せば、その思いは幼いころから徐々に形成されていきました。小さい頃は航空機事故が多く、その度にテレビで衝撃的な映像が流れていて、“何で墜ちてしまうんだろう”“安全な飛行機を造るにはどうしたらいいんだろう”とおぼろげながら考えるようになっていました。

その一方で、当時はキャビンアテンダントを中心とした物語のドラマがたくさんあって、旅客機を取り巻く華々しい世界に憧れを持ってもいました。それで高校生になるまでは“パイロットになろう”と考えていたのですね。

パイロットになるためには、当時の運輸省、今でいうところの国土交通省管轄の航空大学校に入学する必要があったのですが、視力や体力など、身体的な条件が大変厳しい世界。残念ながら、徐々に近視が進んでしまっていた私は断念せざるを得なくなり、一般大学を受験することに。将来的にはどうしても飛行機に関わる仕事をしたいと思っていたので、航空工学科のある大学への進学を決意しました。

航空工学に入った後、より自分のやりたい事に近づくなら、大学院に行くべきだろうと考えるようになりました。

ところが、大学院進学を決めた矢先、就職説明会に行ってみると、三菱、川崎、IHIなど航空関係の会社も面白そうで、大学を卒業する今のタイミングで希望すれば、行きたい会社に行けるということがわかりました。やりたいことが目の前にあるのなら、すぐに切り替えて選べばいい。少しでも早く、自分のやりたい事に近づきたいと考えて三菱重工に入社しました。

 

――岸さんは三菱重工で、どのような仕事をやりたいと考えていたのでしょうか。

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岸氏:タイヤやキャノピー、構造、空気力学でも、飛行機に関われるなら何でもいいと思っていました。当時まだソフトウェアという言葉は浸透していなかった時代、情報通信や全体の取りまとめなど、どこでもいいと思って入社しましたが、配属されたのが戦闘機部門。戦闘機にエンジンを載せるために必要な設計をする仕事だったのです。

エンジンを載せると一言で言っても、ただ載せれば良いという話ではありません。例えば自動車であれば、エンジンを載せるための技術者がいて、狭いボンネットの中というスペースの問題や、熱や振動のことも考慮しながら設計をしなくてはなりません。単純に燃料を入れれば動くわけではなく、電気制御を含む、様々な部品やシステムと繋がっていますよね。航空機も同じで、ソフトウェアやハードウェアまた、社内外の相手と分野も関係なく、様々な専門性を有する技術者とコミュニケーションを図りながら作り込んでいかないとエンジンは動きません。また、当時は日本のエンジンではなく米ゼネラル・エレクトリック社のものを使っていたので、アメリカの専門家と社内の専門家をつないで技術をシェアする必要もありました。そういったプロジェクトのまとめ役としての役割を与えられていましたね。

当時の日本では、航空機の開発は比較的に少人数で行っていたので、各システムの主任、係長クラス、すなわち30代前半の人間はだいたい1人ずつくらいしかいません。そうなると、若手であろうとも、あらゆる部品や技術に精通していなくてはならない。エンジンもフライトコントロールもランディングギアも、全部理解しなくてはならず、これは戦闘機でしか経験のできないことでした。

その他にも、戦闘機には最新鋭の技術が詰まっていました。時には、日本では前例のない技術をキャッチアップする必要がありました。最先端であるがゆえに未知のものを形にしていくためには、とにかく情報を収集するしかありません。世界中の論文を探したり、専門メーカーから話を聞いたりしていましたが、必ずしもそこに自分が欲しい大きさや、性能にフィットする技術があるとは限りません。そうなると、これらの情報の組み合わせの中でどこまで実現できるだろうかと当たりをつける必要があります。

世の中の技術トレンドがこうで、上手くいったらこうなり、何が制約になっていて…という情報を整理します。この新しいもの=シーズ技術を扱う経験から、 “将来やりたいのはこういうものだ”とリクワイアメントが先にある場合は、要素と求めるべき最終性能を組み合わせることが必要で、“これなら使えるかもしれない”という目線が必要だと学びました。

 

――では、Sky Driveにジョインしたきっかけはなんだったのでしょうか。

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空飛ぶクルマ“SkyDrive”のある未来 | Future World with SkyDrive Flying Vehicles - YouTube

岸氏:2019年の10月に下関で開催された「飛行機シンポジウム」の基調講演の一つに福澤社長の「空飛ぶクルマ」についての講演がありました。講演中で流された2030年の空飛ぶクルマのイメージビデオを拝見し、私自身も事業立ち上げに携わりたいと思うようになりました。

空飛ぶクルマは決して最先端ではなく、従来の要素技術の組み合わせです。今まであるものを組み合わせてどう実用化するか、効率的にするか、自動車のような高品質で低コストの作り方を考えることが重要です。航空機メーカーにいる時には、あまり興味がなかったのですが、そのイメージビデオの中で、鎌倉のマンションの地下の駐車場から最初1時間半かかると言っていたナビが、飛行モードになったら30分で六本木まで着くという表現があって、自分が今まで蓄積してきた知見を活かせば、こういった世界が実現できるかもしれない、貢献したいと強く思いました。

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空飛ぶクルマ“SkyDrive”のある未来 | Future World with SkyDrive Flying Vehicles - YouTube

強く心が動いたのが、既存の技術を組み合わせて完成したモノが、身近な世界を変える、そんなことに貢献できる点です。つまり戦闘機や旅客機とはユーザが違うわけですね。例えば、山の中に住んでいる子どもが熱を出した際、空飛ぶ車でお医者さんが駆けつけてくれる。そうなればみんなが安心して暮らせますし、快適です。そういう世界を実現するために、世の中の進歩に貢献できると思いました。

そして、2019年12月から、前職の三菱重工グループ会社の中菱エンジニアリングに在籍しながら、SkyDriveの顧問としてジョイン。その後、入社しCTOを拝命しました。

 

――CTOとしての岸様の役割、ミッションを教えてください。

岸氏:入社当初は、国土交通省の型式証明の取得準備を進めていました。空飛ぶクルマの型式証明の基準も決まっていませんから、安全基準も含めたルールメイキングしながら、そのルールに適合するように機体を作っていく必要があります。旅客機や戦闘機のルールはどうだったか、それをコンパクトかつシンプルにしながら自動車に近づける仕事を担当していました。最近はそれだけでなく、この「eVTOL」という名の空飛ぶクルマが将来、どのような形になるかを想像しながら、そこに必要な要素技術はどこに落ちているのか、どうやって拾いに行くのかを考える、そんな仕事も担っています。

 

――まさに会社の方向性を作っていく、重要なお役割ということですね。

岸氏:会社によっては現場に入り込むスタイルのCTOもいますが、弊社には幸いなことに優秀な開発メンバーが揃っているので、そこは彼らに任せて、私はどのような未来を描くかを考える役割に徹していくべきだと思っています。そのために足りていないものは何で、それをどうするか、壁を感じているのであれば、制約条件そのものを変えていく。もちろん組織も考えますし人材の採用も進めています。

 

――御社では現在、どのような人材が活躍されているのでしょうか。

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岸氏:新しい機体なので、スタンダードなプロセスがまだなく、色々な出自のエンジニアがいます。航空機メーカーから来た人たちは、あまり慣れていなくて、日々計画やシミュレーションしながら開発を進めています。

分野も多様で、計測ができる、電子回路基板作れる、ソフトウェアができる、バッテリーメーカーから来た人もいます。それぞれに考え方が違う人が集まっているので、それぞれが持ついいところを組み合わせると、ものすごい力が生まれるのではないか、そんな予感を感じさせる状態にあります。要するにダイバーシティを実行しようとしている会社ともいえます。

 

――そのような多様な人材をどのような方向にまとめて、どういう方向に持っていこうとお考えでしょうか。

岸氏:一般的には、多様な人材が集まった場合、各々の専門が重なり合った共通の技術を持ち寄ろうとしますが、うちの会社は交わる部分がない人ばかりが集まっています。バラバラな専門分野の人たちをある方向に向けようと思ったら“こういう目標を共有、共感して、それぞれの専門分野でどう実現するか考えよう”といったコミュニケーションを取る必要があると考えています。例えば、私がラジコンを飛ばせるかといったら飛ばせません。ではラジコンが飛ばせる人たちに型式証明を取ってくださいと言っても取れないのです。要するに大切なのは、それぞれができることはもちろんやりますが、できないことは他に任せて上手く組み合わせる、そんな意識を持つことです。コミュニケーションを密にとりながら、何か小さなプロジェクトでもいいので一緒に取り組むことで醸成されます。

重なり合う部分がなくても、俯瞰しながら互いの専門を見るべきだと示し合うことが重要ですが、現場では日々、様々な議論が生じます。時には「こんなことではないはずだ」と揉めることもあります。混乱を避けるために海外の組織においては、交わらない二つの組織の間を持つ調整役をおきます。AとBが交わらないならCを持ってきてインテグレートする組織を作ろうという考え方です。

日本の場合、かなり事情が違います。私が少人数で戦闘機の開発に携わっていた時代には、この交わらない二つの立場の人がきちんと会話をするのです。コミュニケーションするので、調整役が要りません。それが理想なのですが、たとえ自立的に動き、自立的に調整ができなくとも、交わらない片方の組織の人が相手を少しだけ包み込んであげれば良い。私が理想とするのは、AとBが補い合える組織です。包み込んだ分だけ容量は増えるかもしれませんが、Cを持ってきて総数が増える組織よりも、スリムで、情報や意識の共有もたやすくなります。

 

――2025年に大阪で空飛ぶクルマのエアタクシー事業を実装する計画があるとお聞きました。その現在地と課題などをお聞かせください。

岸氏:大阪だけで止まるわけではなく、その後に続くような機体の使い方を考えるグループがあります。conOps(コンセプト・オブ・オペレーション)という運航計画にまとめられています。旅客機や戦闘機であれば、どこから上がってどこで降りるかが決まっていますが、空飛ぶクルマは飛行距離も速度も高度も決まっていません。自分たちで規定を作っていく必要があります。現在も議論が続いていますが、今年の中~終盤には目処が立ってくると思います。

先ほどもご説明したように、開発だけでなく国交省の型式証明の取る必要があります。すでに申請は受け付けてもらっていますが、国交省がOKを出しても、今度は「自分の家の上を飛ぶ」と言われた時に社会が受け入れてくれるか、という問題があります。どうやってみなさんに理解していただくか考える必要があるということです。まだまだ課題は山積みですが、それでも遂行していくことに意義ややりがいを感じていますし、HPでも私たちが掲げている「100年に一度のMobility革命」とは、まさにそういう事だと思います。

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――これからの時代、エンジニアとしてどういう生き方をしたら良いのか、メッセージをいただけますか。

岸氏:私は今年の9月に、博士工学を取りました。今から3年前に社会人入学し、航空機関係のプロジェクトマネジメントや、システムインテグレーション、そして組織作りを学びました。旅客機の時はこうだった、戦闘機の時はこのようにやっていた、というのはいつまでも通用しません。特に空飛ぶクルマを作っているのは、こんなに小さい会社です。だから自分をアップデートする必要がありました。そして、私が日々考えている事を後の人たちにつなぐために論文として書き残そうとも考えました、現在は、大学の非常勤講師として若い学生に、航空機開発の考え方などを伝えています。

結局、自分のことだけ考えているのではなくて、少し格好良く言えば、最近は国や次世代の航空機産業のために何が残せるか、自分はどのように役に経てるのかということばかりを考えています。三菱重工にいたときも、会社のためだけに仕事をしているわけではなく、日本が発展するためにどうしたらいいのか?ばかりを考えていました。なので、安全性はもちろん、社会が受け入れてくれるかどうかは重要です。病院に通えない、買い物に行けないで困っている人ですとか、楽しそうと思ってくださる方でもいい、とにかく色々な人に活用していただけるような身近な空を作りたいといった思いがあります。

 

――常にご自身の価値観や考え方をアップデートしていきたいという考え方がとても素敵ですね。

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岸氏:例えば60才になって何か習い事を始める人がいらっしゃいますよね。バイオリンやピアノを習うとすると、それには恐らく1~2万円、ゴルフをやろうとするともっとお金がかかりますよね。同じ習い事をするならば、私は、今までの仕事を集約するためにドクターコースに行ったほうが良いと判断したわけです。

 

――ハードウェアの知識を持ちながらソフトウェアの知識も必要だと思うのですが、ドクターも取られたということで、平行して日々ソフトウェアの知識も学ばれているのでしょうか。

岸氏:ソフトウェアについては、自分でコーディングはできなくとも、要求を明確にする必要あります。学んでいけば、インターフェースをキッチリ決めて「こういう風に動いてください」という話ができます。ソフトウェア屋さんが「それをやるとこうだ」とか、ソフトウェアを作る上で困難なことがあれば言ってもらう時に、それを理解して元の要求を変えましょうという会話ができれば良い。それはハードでもソフトでも関係ありません。

 

――組織作りについても学ばれているのですね。

岸氏:1000人いる会社であってもすべての社員と会話できるわけではなく、その中のキーとなる人、たとえば10人と話せば全体が分かる組織にするのが理想です。そこがうまくいかなければ、ことあるごとに1000人と会話しなくてはなりません。数え方にもよりますが、旅客機の場合、100~200万点の部品がある一方、空飛ぶクルマは1000点くらいの部品で構成されているため、人の数も少なく、チェックもしやすいですね。

ただ、ソフトウェアのどこかにバグがないかを見つけるのはすごく難しく、それをどうするか考えなければ、安全性を証明できなくなります。フライトエッセンシャルや航空機だけではなく、社会システムの根幹となるソフトウェアにミスがあってはなりません。社会生活を営む上でこれは止まったら困るというものは絶対に止めてはいけないのです。さらに完全に止まらないように動かさなくてはいけないので、どういう風に考えて試験をしていくか、それはハード、ソフト関係なく重要です。航空機に乗っていると上空ではソフトウェアをリセットすることができませんからね。そこが難しいところでもあります。

 

――ありがとうございました。それでは、次回の取材対象者を教えてください。

岸氏:株式会社プロドローンの橋本さんをご紹介します。同社はドローンの会社としては有名で、様々な人材がいる中で製品部長をされています。私と同じく三菱重工出身でもあり、同じように苦悩しながら頑張っていらっしゃる。大企業と小さな企業の違いや、良いところ、悪いところなど、リアルなお話を聞けるのではないでしょうか。

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以上が第28回のインタビューです。岸さんありがとうございました!次回は、株式会社プロドローン橋本さんにバトンタッチ。今後のストリートインタビューもお楽しみに。

※ストリートインタビュー企画メインページで使用しているメインビジュアルはSkyDrive様よりお借りしております

(取材:伊藤秋廣(エーアイプロダクション) / 撮影:古宮こうき / 編集:TECH Street編集部)